カテゴリー別アーカイブ: ふと思うこと

新年に想うこと


2年ぶりにバンコクに行っていました。

初めて一人で移り住んだ国で、慣れるまで最初はイライラしたり、驚いたりしていたことを懐かしく思い出しました。

信号のない道を渡れずに、右往左往していると、足元にネズミが飛び出してきて悲鳴を上げたり、部屋にゴキブリが出没してパニックになって、泣きながら日本に電話をかけたことも。

その頃、週末によくコンドミディアムのモデルルームを見に行っていて、当時、建設予定だった物件が完成しているのを見ては、時の流れを感じます。と同時に、昔、通っていたヨガスタジオには、同じ先生がいて、レッスンを受けて、彼女の変わらない笑顔を見て嬉しくなりました。

今も、ゴキブリは大嫌いですが、落ち着いて仕留められるようになり、ネズミにもギャーギャー言わなくなっただけ、あまり変わっていないようで、成長したのかもしれません(笑)

当時は、まさかここから旅が始まるとは思いもしなかったのですが、今振り返ると、この場所から自分の冒険が始まっていたのだと思います。一度、外に踏み出すと、いわゆるレールから既に外れてしまっているので、躊躇いなく、どこまでも自由に行けるようになりました。

ガヤガヤと雑然としたタイの喧騒にもちょっと疲れ、欧州を目指した時、整然と透き通る空気のオランダに足を踏み入れ、ナイエンローデに辿り着いて、一瞬で心が奪われ、洗われるような希望に満ちた気分を味わったことを覚えています。

実際に住むと、日曜日にお店が締まり、サービスに乏しいオランダは不便で仕方なく、長く凍てつく冬は堪えました。でも、おかげで、春の訪れの美しさを知りました。全員、無職の学生なので、お金もない。それでも、こんなにも違うお互いの存在がそこにあるだけで、パーティーが始まるということも知りました。

キャンパスで打ち解けたアフリカ出身の朗らかな友人たちのおかげで興味を持ったアフリカに、ヨーロッパからなら近いし見てみよう程度のつもりが、いつの間にか一緒にアフリカでビジネスを始めることにもなりました。

持てるものが助けるという、本当の「相互扶助」の社会で、新しい価値観に触れました。原始的だからこそ、物事の仕組みがよくわかるようにもなりました。「今を生きる」こと「なんとかなる」ということを学んだ気がします。

ガンを患い、生まれて初めて「死」を自分のこととして身近に直面した瞬間、「まあ、好きなことをしてきたし、ダメならダメで仕方ない。なるようになる」と、意外なほど、あっさり受け入れられたのは、これまでの経験があったから、そして自分なりに精一杯生きてきたからだと思います。

「やった後悔は残らないが、やらなかった後悔は残る」というのは、本当です。

もし、MBAに挑戦しなければ、ガーナに行かなければ、私は、間違いなく、前向きに受け入れることはできなかったでしょう。「なぜ、私が」と嘆いたことでしょう。

毎日を人生最後の日だと思って生きるなんてカッコイイことはできませんが、もし、自分に残された時間が2、3年だとしたら?と考えると、大事なものが見えてきます。そして、それを実感した1年でした。

imgres-1「我慢」や「犠牲」が美徳とされがちな日本において、またどこかそれに囚われている自分もいて、”be happy” になることに、もっと貪欲になっていきたいなと思います。

「経済的な自由と自立」のために奔走した20代。30代になり、新しい世界やモノに出会うこと、見ること、感じること、知ること、そんな小さな冒険の虜になり、新しい経験を積むことに、いつの間にか価値を置くようになりました。

よく、今後の人生や長期的な目標について聞かれることがありますが、会社に関しては5年ぐらいの中期目標は持っていますが、自分の人生に対しては、私はプランを持っていません。

プランを持ったほうが良いのかもしれないけれど、偶然の出会いや、巡り合わせに動かされるのが好きだからです。

「人生って、自分でオールを漕いでいるようで、実は、川流に流されているだけなのかもしれない」と、友人とキャンパスで話したことを思い出します。

そして、同時に、私は、こう思うのです。

何もしなくても(努力しなくても)どこかにたどり着く。でも、きっと、オールを手放さずに、漕ぎつづけていると、自分らしい最適な場所にたどり着けるのではないか、と。

Life is not about finding yourself but creating yourself.

人生って、自分を創造する旅なんじゃないかな。

まだ、見えないその場所に確実に向かっていると信じて、進んでいきたいと思います。


ドナルド・トランプ支持率上昇というアホなアメリカの現実


ドナルド・トランプの支持率が上昇し、40%を超えたというジョークのようなニュース。

保有する不動産は時価数千億円という不動産王ドナルド・トランプ。

兼ねてから、「私が当選したら、メキシコ人や移民は帰ってもらう」などの暴言を吐きながら、今回、「イスラム教徒の入国を全面的かつ完全に禁止」と発言後に支持率が上昇したという。

傲慢で阿呆なヅラ富豪を支持する人がこれだけ存在するという事実。(どうでもいいが、当人は、ヅラ疑惑否定)

これがアメリカという国の愚かな現実なのだ。

オランダでは、12月6日に、サンタクロースならぬ、「シンタクラース」という聖ニコラウスを祝うイベントがある。人目を引く赤いマントと冠、そして長い白い髭を携えた この聖人は、毎年11月中旬、「ピート」と呼ばれる大勢の黒人従者を伴い、プレゼントを一杯乗せた蒸気船に乗って、オランダにやってくる。子供達は、煙突や裏口に自分の靴を置いておき、夜中、ピートがシンタクラースを手伝いながら、シンタクラースが子供達の靴に贈り物を入れて行くというもの。

ピート役は、顔を真っ黒に塗りたくる。

近年、「ピートは、奴隷でしょう?それって人種差別なのでは?伝統とは言え、そろそろ再考し直すべきなのでは?」という声が、高まり始めてはいるらしいが、これが、事件に結びつかないのは、オランダだからだ。

アメリカで行われたら、シャレではすまない。銃撃戦にでもなろう、大変な騒ぎになってしまう。

差別を受けてきた人々を受け入れる寛容の国として、これまで十分に移民を優遇してきたという意識を強く持つ多くのオランダ人は、「我々が差別などするはずがない。これは伝統で、小さな子供達の大切な行事。おまけに、ズワルト・ピートが黒いのは、煙突掃除ですすを被ったから」ナンセンスとした。

これが通用するのは、普段、オランダに、「差別」がほとんど存在しないからに他ならない。

ガーナ人ビジネスパートナーのカールは、以前、仕事で、アメリカ南部に住んだことがある。

彼が、何も知らず、立ち寄ったバーには、旧南部連合の旗が掲げられていた。

それは、「白人のみ立ち入りOK」という暗黙のサインだったことを後に知ったという。

ガーナで教育水準が低い人は、自分たちが外に出ると「人種差別」を受けるということを知らない。(日本人だって、日本にいる限りは、感じることがないように)

大卒者ぐらいになると、「そういうことがあるらしい」という知識がある程度だという。

彼は、旅先のイタリアで、長年イギリスに住んでいた「無理だよ。入れないよ」と嫌がるガーナ出身の友人を、「何を馬鹿げたことを」と言い、バーに連れ立ったことがある。何軒も「いっぱいだ」と断られ、数軒目で入り口で「ただ、飲みたいだけなのに!」と言ったところ、「飲みたいなら、ドリンクを持ってきてやる」とセキュリティーに言われ、その横でイタリア人が中に入っていく様子を見て、初めて、今、目の前で何が起こっているかを理解できたという。

それが、初めて「差別」を受けた体験だったそうだ。

「人種差別を行う人は、無知なだけだから責めることはできない。馬鹿だなとおかしく思うぐらいだよ。移民が必ずしも良い振る舞いをしないのは事実だし、それが自分たちの評判を下げていることに怒りを感じるけれど、同時に、貧しく教育を受けられなかった彼らが、そうならざる負えないのも理解できるから責めることはできない」と、彼は言う。

king3I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.

「私には夢がある。私の四人の幼い子ども達が、いつの日か肌の色ではなく人格そのものによって評価される国に住めるようになることを」

1963年にキング牧師がそう語ってから、もう50年以上経つ。

果たして、私たちは、どれだけ進歩しているのだろうか?

 


チョコレートを選ぶなら


私が、以前より食事に気を使うようになったので、友人からたまに食事の相談を受けたりします。

「疲れるとチョコレートをついつい食べたくなっちゃうんだけど、よくないよね〜」というので、「チョコレート自体は、大丈夫だよ」という話をしました。

チョコレート、「甘くて体に悪いもの」から、最近では「ポリフェノールの入った体に良い食べ物」へ認識が変わりつつありますが、チョコレート全般全てが良いわけではありません。

チョコレートの原料のカカオは、紀元前からメキシコから中南米にかけて原産し、「神の食べ物」と呼ばれ、貨幣として流通するほど、とても貴重なものでした。

そのころのチョコレートは、カカオ豆をドロドロになるまですりつぶし、これに、とうもろこしの粉やバニラ、トウガラシなどのスパイスを 加えたもので相当苦く、不老長寿の薬とされ、高貴な人だけが飲めるものでした。

疲労回復、媚薬、歯痛、喉の炎症、赤痢、胃潰瘍、食欲不振、解熱、解毒のためにも利用されていました。

ですから、カカオそのものは、とても体に良いものなのですが、美味しいお菓子、チョコレート二なる過程で大量に加えられる砂糖が不必要なものなのです。

IMG_3943カカオからチョコレートを作るワークショップに参加された方は、驚かれたと思いますが、カカオ70%のチョコレートでも結構な砂糖が入っていましたよね?

あれが、大量生産されるチョコレート(カカオ成分はいかほどでしょうか)だと想像すると、砂糖を食べているようなものになってしまうのです。

ですから、チョコレートを選ぶなら、カカオ70%以上 (カカオマスとカカオバターなど、カカオ成分がという意味)、個人的なお勧めは、カカオ80%のチョコレートです。

90%を過ぎると、それこそ薬を食べているような感覚になり美味しくなく、70-80%だと食べやすく美味しいながらもカカオの味が楽しめます。

また、カカオ成分が濃くなると当然お値段も上がりますが、こういうチョコレートは、とても濃いので、少量で満足感が得られます。安い大量生産されるチョコレートは、簡単に板チョコ1枚平らげられてしまいますが、一度に食べきることができません。ですから、実質的には、大した値段の差にならないことになると思います。

また、安いチョコレートには植物油が使われますが、高いチョコレートはカカオバターを使っています。カカオバターは、他の植物油より高いからです。チョコレートの風味をより出すために香料も用いられていることが多いです。

ちなみに、JUJUBODYのTRUE COCOA BUTTERは、とっても珍しいアフリカで1社しか製造できないという未精製の豆ロースト法カカオバターを使っているので、香料がなくてもカカオの芳香がします。

だから、「本当のカカオバター」という名前をつけたのですが(笑)

原材料表示をご覧になって、香料にしてもバニラビーンズなど、合成香料でないシンプルな材料を使っているチョコレートをお勧めします。

そういう意味で、最近気に入ったチョコレートが、スイスのステラの板チョコカカオ80%。

カカオマス、砂糖、ココアバター、バニラビーンズのシンプルな原材料でできています。

表示免除できるキャリーオーバーなどが含まれている場合もあり、完全にこれだけとは言い切れませんが、それを言い出したらキリがないので、表示を見る限りシンプルなものを選択しています。

輸入食品のお店や成城石井で販売されているので、チョコレートを食べるならダークなカカオ成分の多いチョコレートをぜひ選んでみてください。


白い肌が欲しい?


美的感覚というのは、普遍的なものではなく、文化、時代によって変わるものである。

img_37421b979d58f7e208e95f29f4dccc63232686今年、5月にコートジボワールが、西アフリカで一般的に使われている美白化粧品が長期的な使用により副作用で健康被害が生じるとして使用を禁止した。

禁止の対象となる美白クリームやローションは、水銀や水銀誘導体、コルチゾン、ビタミンA、2%以上のヒドロキニンをそれぞれ含有するもの。コートジボワール当局では、これらは副作用の被害を受けた人が「非常に多い」製品で、使用すると皮膚がんを発症する恐れがあるとしている。

同国の最大都市アビジャン市内にあるトレイクビル大学病院に勤務する皮膚科医によれば、美白製品には高血圧や糖尿病の原因となる可能性もあるという。

http://www.afpbb.com/articles/-/3047579

このニュースを耳にして、多くの女性が自分の肌を痛めつける行為に走っているという事実に、胸が痛んだ。メラニン色素を分泌して日差しから肌を守るために黒くなった肌は、日差しには強いが、皮膚そのものは薄く、皮膚が白人や黄色人種より弱いという統計があるぐらい繊細なはずの肌だ。

と、同時に、学生時代に読んだトニ・モリソンのデビュー小説「青い眼が欲しい」”The Bluest Eye”を思い出した。

トニ・モリソン(Toni Morrison)とは、黒人女性として初めてノーベル文学賞を受賞した米国の作家だ。ピューリッツァー賞など数々の賞を受賞している。

ストーリーは、以下、Wikipedia から。

大恐慌時代のアメリカ中西部を舞台に、白人の容姿に憧れる黒人の少女の一年間を描いたもの。少女は自分の不幸の原因が白人の美の基準にそぐわない自分の容姿にあると思い込み、青い目になれるよう空しい祈りを続けるが、父親の強姦による妊娠で気がふれ、「青い目になれた」と信じ込むものの、より青い目になりたいと想像上の友人と会話を交わす。物語は、アメリカのマジョリティであった白人中産階級が理想とする「よきアメリカ」の家族像を謳った小学校教科書の一節から始まり、それを幸せと信じた黒人少女ピコーラの悲劇が、少女と同じ黒人であるもののそうした考えを持たない友人の視点から語られ、白人の価値観が支配するアメリカ社会の中で、ピコーラを不幸にしている本当の原因のありかを探る。

主人公を襲う悲劇や彼女の持ち合わせる自己嫌悪の深さなど、扱う題材が陰湿なのにもかかわらず、読後に陰湿な印象を抱かずに済むのは、作者がこの作品の登場人物の誰かを告発する様な文体で著していないためである。この作品には作者の、登場人物皆に対して憐憫が平等に与えられている。

この小説は、黒人家庭の近親相姦や暴力を描いている点でも非常に衝撃的で、黒人社会からの批判も大きかった。白人の敷いた価値観に侵食されている黒人社会、その価値観を元にした黒人社会内に根付く偏見を、誰かを弾糾するわけではなく、その様を描写している。

ガーナでも、女性は、肌の色がlight 薄めの人、ストレートな髪に憧れるようだ。

これは、褐色の肌を持つ民族、そして近代化されてきているもしくはされた地域の多くに当てはまる現代の美的感覚のように思う。

インドやタイなど東南アジアでも、肌の色が薄い人が好まれる。それは、単に、好みの問題ではなく、「肌の色が濃い=外での労働に従事=労働者階級」と連想するからでもあるようだ。添付記事でも指摘されているように、「皮膚の色が薄いほど良い人生を送れるといった印象をメディアが与えている」もしくは、肌の色が薄い人が良い生活を送っているという側面もある。

近代化が、日本を含む、ほとんど多くの地域でイコール西洋化、欧米化として起きてきた中、この「美的感覚」の基準が、果たして、もともとあったものなのか、時代の変化による内生的なものなのか、白人が病的で血色が悪いと焼けた肌を好むように、自分にないものを求めたがる人間の普遍的欲求、ないものねだりによるものなのか、もしくは、気づかぬうちに欧米の価値観に侵食されたせいなのかは、わからない。

ただ、私が言えるのは、私は、私の肌の色も髪も好きだし、あなたの褐色の肌も、その髪も素敵だと思うよということだ。

 


とあるガーナ人から見た日本 2


まだありました。

これら所感は、いちガーナ人によるもので、ガーナ人全体を代表しているわけではないのであしからず。

1. 渋谷や新宿の夜は、まるで昼間のようだ

闇が深いガーナの夜に比べると、日本の繁華街は夜も昼のように明るい。その明るさに驚いて、ビデオブログ(インスタグラムの動画バージョン。友人や好きなアカウントをフォローできる)を撮っていました。

2. コンビニ?ガーナだってあるぞ。

ガソリンスタンドに行けば、24時間のコンビニがある。歯ブラシや歯磨き粉が買えるから同じだという。冷たいご飯を置いても、ガーナでは絶対流行らない!そうだ。

3.あれは、日本人か?

アフロ髪の私たちから見ると、どう見ても純日本人男性を指し、本当にハーフブラックではないのか?と何度も聞いていた。確かに、金髪の白人でアフロって見ないかも。

女性にしても、髪を明るく染めると、判断がつきにくいよう。

4. こんなに西洋への憧れが強いとは

日本ほど、技術を持っているにもかかわらず、西洋からくるものを慕い、受け入れ、贔屓にしている様子に不思議がりながら、「日本が欧米の優良顧客なわけがわかる」と呟いていた。確かに、銀材の高級ブランド通りには、外国ブランドが溢れている。もちろん、ヨーロッパでも米国ブランドは売られているけれど、日本ほど愛好者はいないと。

言われてみれば、カナダでは、第3の都市バンクーバーでも日本の銀座に並ぶようなブランド店は出店していないものが多いし、オランダでもアムステルダムに1店ある程度。同じ街の中に何店舗もあり、地方都市にも出店していることを考えると、その所感は正しいかもしれない。今でこそ中国人の勢いに押されているが、10年ほど前は、ヴィトンの総売上の3分の1は日本から計上されていたしね。

5. 日本式のお祈りは短くていいなIMG_0911

確かに。クリスチャンもムスリムもお祈り長いものね。簡単でいいわね。そう言いながら、ちゃんと「商売繁盛」をお祈りしてます。

6. 日本人は俺たちよりも信心深いな

都会でも田舎でも至る所に、大小の神社や寺がある。

誰が管理しているんだろう?と思うようなひっそりとした小さな鳥居も住宅街の中にある。

あまりにも自然にその場に馴染み、特に気を留めることもないので、気づきもしなかったが、言われてみればその通りで、家には仏壇もあるし、お線香を灯して手を合わせたり、生活の一部、習慣になっている。

日曜日となると、教会へ出向き礼拝(歌も入る)をするガーナ人が多いので、目につきやすく、信心深い印象を持っていたが、西洋人の到来とともに持ち込まれたもの。日本の神道や仏教はもっと長く暮らしに根付いてきたので、むしろ空気のような存在になっているのかもしれない。

7. カラオケ、楽しいじゃないか!

「それは、お前の声じゃないな。ジャパニーズテクノロジーだろう。そのマイクにしかけがあるんだろう。お前は歌が歌えないはずだ」とか失礼なことをいいながら、「歌える歌が思い浮かばない」と悩み、「俺は歌わない、聞いているだけでいい」と言っていたくせに、「あれ、もう俺の番か?」って、順番飛ばしてお前が入れたんじゃないかっと、ツッコムほど、すぐに馴染んでいた。

ガーナでのカラオケは、日本でいうスナックでカラオケのような、お店全体、みんなの前で歌うタイプ(カラオケナイトみたいなものがたまにある)になるので、歌が上手な人でないと楽しめない。気のおける仲間うちで、個室で楽しめるカラオケは初めてで、だんだんヒートアップして、もちろん、踊り出す。「このカラオケは、ガーナ人にウケるぞ。俺たちは、歌うだけじゃない、踊れるんだから!」と、ノリノリで終了。

8. ここなら、1日中いれるぞ

「買い物は嫌いなんだ」と言っていたくせに、渋谷のヨドバシカメラでは無反応だったくせに、秋葉原には目を輝かせていた。新品のような中古品が販売されていて、Good Dealなのが素晴らしいらしい。箱があれば、ガーナでは新品として売れると。きっと、女性の買い物に付き合わされる男性の気分ってこんな感じなのかな〜とか思いながら、私としては、全く心踊らない買い物を初体験(笑)

秋葉原には、電化製品だけではなく、包丁や侍グッズなど外国人が欲しがる品物が電化製品店内にも置かれ、外国語ができる店員も多く、久しぶりに行ってみると、外国人をターゲットにした観光地になっていたことが判明。

結論。やはり、秋葉原はスゴかった


滋賀にて講演会


日曜日、ご要望いただき、滋賀で、ある幹部候補生研修会にて、「これまでの経験から学んだ7つのこと」について1時間お話しさせていただきました。

unnamed-2 大勢の方の前でお話しさせていただく機会をいただけるのは大変ありがたいことです。

MBA時代、私が一番好きなだったのが、CEO、特に一人で立ち上げた起業家の方のお話しを聞く時間でした。

彼らのプラスのエネルギー、諦めないタフさ、クレイジーさ、頑固さ、人生を謳歌する様・・・

テスト前に詰め込んだ科目については忘れてしまいましたが、そこで聞いた心に残る言葉は今も心の中に残っています。めげそうになるとき、つらいときに思い出すこともあります。unnamed-3

私の話しを聞きながら、涙を流す女性も数名いらっしゃり、「勇気をもらえた!」「私も頑張りたいと思います!」と言ってくださり、まだまだ偉そうに話す立場ではないのですが、ちょっと変わった経験をしているということで、私の経験をシェアすることで、何か一つでも感じ取っていただき、話しを聞き終えた後に、明るい気分になってもらえたら嬉しいです。

皆さん、ガーナについても全く想像できないということで、とても興味を持ってくださいました。

私も、組織形成、運営について参考になる話を一緒に聞かせていただきました。

imgresアイルランドの作家、劇評家、音楽評論家、優生学者、社会主義者であるGeorge Bernard Shaw 氏の言葉であるとされる

”Life isn’t about finding yourself, life is about creating yourself”

人生とは自分を見つけることではない。 人生とは自分を創ることである

人生とは、自分を創り上げる旅なのかもしれません。

出会い、経験が多いほど、物語が豊かで「自分」が豊かになる。

私もなりたい自分になるその旅路に、やっと足を踏み入れたばかりです。

 


Pray for the world


2015年1月7日、シャルリー・エブド襲撃事件で12人が亡くなったわずか4日後に、ナイジェリアでボコ・ハラムに強制された少女の自爆テロにより23人が亡くなった。

パリでは同じ頃、犠牲者追悼のために、欧州主要国を中心とする40人超の各国首脳が参加し行進が行われた。

一方で、このナイジェリアで起きた事件について割かれた報道時間はどのくらいだっただろう?ナイジェリアの報道機関が襲われたとして、同じように首脳が集まり追悼式が開催されただろうか?

友人がフェイスブックにアップしてくれたKaruna Ezara Parikhさんという方がインスタグラムにアップしたという詩が心に響き、適切に私の気持ちを表現してくれていたので、日本語訳をつけさせていただき、シェアさせていただきます。

スクリーンショット 2015-11-16 0.25.03私たちが祈るべきなのは、パリへではない。この世界へだ。
この世界ーそれはパリの2日前に爆発に揺れたが、メディアに取り上げられなかったベイルートのあるこの世界であり、白人が銃火で命を落としていないため、誰もステイタスを”バクダット”とはアップデートしないが、葬式で爆弾が鳴り響くバクダットである。
唯一の荷物を背負って、何ヶ月も国々を歩いて渡る人々が、あなたの居場所はないと言われる、世界のために祈ろう。
そう、パリのために祈りを捧げよう。しかし、それに留まらず、更なる祈りを。
祈りさえなくしたこの世界へ。身を守る家さえなくした人々がいるこの世界へ。単に、砕け散った見慣れたタワーやカフェではなく、隅々までバラバラになりつつあるこの世界へ。

 


パリ同時多発テロに想う


imagesロシア機墜落、レバノン、ベイルート郊外の自爆テロ、パリのテロ…

飛行機や電車、バスに乗る度、カフェやレストランに行く度に周りを見渡して怪しい人物がいないか訝しがらなければならない恐ろしい世界になってしまうかもしれない。

対岸の火事ではない。

自らの命を捨てることを顧みない自爆テロ覚悟のテロリストを前にはしては、どんなに警備を強化しても防ぎようがない。

独裁者を支持するつもりはないが、皮肉なことに、独裁者の支配下にあったときのほうが治安を維持できる国もあるのではないかと思う。民主主義を根付かせるだけの土壌が用意できていない場合だ。

以前、そんなことをオランダのキャンパスでもディスカッションしたっけ。

自分たちの力だけでは対抗できない反勢力派に武器を与えて影から西側諸国が支持する・・・という方法があちらこちらでとられてきたけれど、その結果、独裁者が倒れたあとには更に悲惨な状況に陥いることが多い。

体制を壊すだけ壊しても、新たに生み出し立て直すことができないのだ。

その混乱や隙に、新たな火種があちこちで勃発してしまう。

自分たちの力だけで改革を行うだけの力がないということは、まだ変化を受け入れる状況にないということなのかもしれない。

憎しみからは、何も生み出せない。

既存の体制からは、反逆者とみなされ弾圧されてきた改革者たちは、ガンジーもキング牧師も、ネルソン・マンデラも、憎しみを超越していたからこそ、生み出すことができたのだ。

無差別テロが罪のない人の命を奪うだけで、何にもならないことに気づかず、その連鎖を断つことができないのはなぜだろう。

雨模様も加わり、悲惨なニュースにどんよりしながら、答えのないとりとめもないことを考えてしまう。


You are what you eat


Twitterでかなり支持を集めている面白いツイートを発見した。

「じゃあ、お前らが今まで高い金取って売ってたコラーゲンはなんだったんだよ」

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確かに(笑)

コラーゲンを摂りたいなら、高いサプリメントはいらず、ゼライスが一番という話を聞いたことがある。

これは、コラーゲンだけでなく、他のサプリメントの栄養素にも言えよう。

ビタミンは、水溶性で2時間ぐらいで体から排出されてしまうから、一度に摂取するのではなく、ちょこちょこ摂らないと体内には留まらないし、

青魚に多く含まれるというDHA(ドコサヘキサエン酸)は、心筋梗塞や動脈硬化など血管系の生活習慣病や痴呆の改善に効果があり、体内で組成できないため食べ物から摂取する必要があると言われ、サプリメントが流行った時期があったが、サプリメントを投与しても効果がなかったという臨床結果が出ている。

中には、その成分自体は体に良いものでも、それだけを摂取しても体に吸収されないというものもあり、人為的に組成されたサプリメントに関して、私は懐疑的だ。

例えば、高濃度茶カテキンは、体脂肪を減らすカテキンがたくさん入っているということで、トクホとされているが、このトクホ認定には利権が渦巻いており、信用性に乏しい。もし、体脂肪を減らすだけの作用があるのだとすれば、脂肪燃焼が活発になるほどアドレナリンが増量しているということであり、となると心拍数の増加、血圧の上昇、不眠、下痢など様々な症状が表れるはずで、裏を返せば、そのような症状がないということは、脂肪燃焼はされていないということになる。高濃度茶カテキンには、発がん性も指摘されており、欧米では、肝障害が起きたという報告があり、販売中止されている国や注意書きがされた上で販売されている国があるほどだ。(参考:http://news.livedoor.com/article/detail/10422926/)

だから、私は、低糖質◯◯とか、シュガーカットとか、人為的に組成されたものは全て好きじゃない。

その点、モリンガ100%の葉のパウダーは、栄養素のバランスが自然のまま取れており、栄養補助として気に入っている。

モリンガサプリメントも、市販のもので、「高濃度」「濃度凝縮」などと書かれたような錠剤は決して口にしない。

だって、どうやって濃度を濃くしているのか?と考えると、その時点で不自然すぎて、体に良いとはとても思えないからだ。

食べ物として自然に摂取するのが一番!

だって、You are what you eatでしょ。


とあるガーナ人から見た日本


ガーナの日本大使館に置かれていた日本ガイドブックに、朝起きるところから始まり、サラリーマンの1日を追うレポがあり、それを読んで以来、「サラリーマン」に興味津々のカールは、人とすれ違う度に、「あれは、サラリーマンか?」とうるさい。

「Office worker(会社員)は、みんなサラリーマンだから、スーツ着ている人の多くがサラリーマンだよ」

「俺は酔っ払ったサラリーマンが見たいんだ!」

海外では、スーツを着たオフィスワーカーが路上で泥酔して転がるなんて、考えられない。サラリーマンは、和製英語の典型で、その言葉自体、英語にはないので、その意味を説明すると大抵の英語話者は面白がる。日本文化の特徴として見られるようだ。

なんでも、そのガイドブックには、

「満員電車では、流れに身を任せろ、あがらうな」

「サラリーマンの飲み会の話題は、会社の愚痴」

などというチップまであったという。

当たらずと雖も遠からず。

作者が気になる。外国人だけではなく、日本人も楽しめそうだ。

imgres一ガーナ人が見た日本は、

 

  1. トイレにテクノロジーが詰まっている。

トイレにある様々なボタンに興味津々。ガーナの家一つ分以上のテクノロジーがトイレ一つに詰まっている!と、ウォシュレットや自動で開く蓋などに驚く。ちなみに、ウォシュレット体験の感想は、「万人向けではない。俺は、オールドファッションでいく」とのこと。

2. マスクをつけて歩く人たちがいる。

これは、外交人によく言われることだが、マスクを着用した人が街を歩く光景というのは、彼らには異様なのだ。なぜ、マスクをつけるのか?という質問に、「一つは、風邪をひきたくないからというのと、もう一つは、咳などをしていて他の人に迷惑をかけないようにというマナーかな」というと、目を丸くする。

3. 携帯依存

電車に乗っている人たちが一様に携帯に向かう様も、異様なようだ。隣同士でおしゃべりをしたりというのが圧倒的に他の国に比べて少ないと感じるようだ。

4. 電車内での居眠り+下車駅で目覚める能力

公共交通機関内で人が眠るのは、海外ではあまりない。そして、自分が降りる駅で、これまで眠っていた人がパッと目を冷まし何事もなかったかのように降りていく様は、面白いらしい。そうこういいつつ、数日後には、自分も電車内で居眠りをしていて、「日本人の気持ちがわかった」と言っていた。

5. 居酒屋などでの店員の掛け声が面白い

あの威勢の良い、「いらっしゃいませ〜」の掛け声が楽しいらしい。一緒になって、「いらっしゃいませ」と連呼していた。タイミングを外すと恥ずかしいので、タイミングを読みながら。

6. 食べ物は、そんなに高くない

クオリティーを考えると、食べ物の値段は大して高くないという結論に至った。そして、日本で飲む日本酒はとってもおいしいと。

7. よく食べる

小鉢も集まれば、結構な量になる。食べ慣れていないものだからか、意外にもラーメン一杯で結構お腹が一杯になるようで、「お前ら、小さいくせによく食べるな」まあ、これは、ほぼ同じ量を兵器で平らげている私の食欲への驚嘆かもしれないが。

8. 世界有数の都市東京の割には、外国人数が少ない

六本木の路上には、夜になると、黒人が現れるけれど、それ以外の場所ではあまり見かけないよという話をしていたが、実際に来てみて、ロンドン、ニューヨークなどの大都市と比べ、東京の外国人全般の少なさに驚いたようだ。特に、滞在していた港区は、日本で一番外国人人口の多い街。私は、からかって、黒人をyour brothers と呼んでいたが、地方都市に行くとまず黒人を見ないので、外国人全般に範囲を広げ、 your brothers と呼ぶようになった。「東京が世界有数の都市であることを考慮すると、ここは、homogeneous nation (単一民族国家)だね」と驚いていた。

9. 無駄にお金が余っている

JR品川駅と京急電鉄を結ぶ10段にも満たない小さな階段に、エレベーターが設けられているのを見て、「こんなところにこんなお金をかけてエレベーターを設置しようとは、ガーナじゃ誰も考えもつかない」と。確かに、空港に向かう大きな荷物を抱える乗客がいることを考慮しても、スロープ設置で十分な高さだ。この設備設置にかかったお金で何ができるかと思うと、お金が余っているとしか言いようがない。

10. 電車や公共交通機関のごちゃごちゃさは、トロトロみたいだ

無数に張り巡らされた地下鉄は、運行図もなく、駅名も書かれていない乗り合いバス(トロトロ)を使いこなすのと同じぐらいのカオスらしい。