カテゴリー別アーカイブ: ふと思うこと

惹かれるポイント


テレビはあまり見ないのだけれど、日本のテレビでたまに観るのが、「世界不思議発見」「世界の果てまでイッテQ!」と「しくじり先生」。

昨日は、「しくじり先生presents 中田歴史塾」で、インド史について話していましたね。

実は、起業して以来、インドの会社ってすごいなあと思うことが多々あって。

まず、IT関係の仕事の見積りをとると、(仕事の質は別として)ヨーロッパでの同じ見積りの10分の1近くて、驚いたり。

ガーナの会社まで、結構頻繁にあちこちからセールスのメールが届いたり。

ガーナの会社まで、セールスの電話がかかってきたり。

日本語だけのウェブサイトしかないのに、モリンガオイルの売り込みメールが届いたり。

そのアグレッシブさに驚くし、それだけ競争が激しいということなのだと思う。

インド人は、タイ(まあ、タイはインドから近いが)にもたくさんいるが、ガーナにもたくさんいて、ガーナでは貿易関係の仕事をしていることが多い。

まあ、中国人もそうだけど、人口が多いから、国から出て、世界中どこにでもいると言ってしまえばそれまでなのだけれども(笑)

と、同時に、番組を見て、驚いたのが、一般的に、インド=ITのイメージがある人が少ないようだということだ。

日本は、島国で、国内市場も大きいから、ガラパゴス化しがち。

最近、以前よりは、少し関心が外にも向いているのかなという気もするが、日本語で報道される海外のニュースも限られているし、あまりにも、外の世界のことに無関心のように感じる。

私が魅了されるのは、自分の知らない世界、違う世界、未知の経験なのだと思う。

私は子供のころ、「外国人とお話しできるようになりたいの」と言って、英会話を習いたいと母にねだったらしいが、当時から、外の世界に興味があった。

夢中になって読んだのは、「風と共に去ぬ」や、欧米の歴史に絡んだものばかり。

つまり、嗜好は昔からあまり変わっていないのだ。

最近、本当に面白いなと感じるのが、当然といえば、当然なのだが、人が「惹かれるポイント」は、それぞれ違っているということだ。

ガーナで出会った日本人も、皆、そこに行き着いた理由は様々で、

「開発金融」という仕事に情熱を傾ける人。

日本の伝統建築、文化に魅了され、歴史的建物の保存、有効利用をビジネスにしたいと目する人。

お世話になった村の大好きな人たちために、そこで暮らす子供達の将来のためにNGOを立ち上げる人。

汗をかきながら働く、自分の力で生きる、力強いガーナ人に魅了される人。

どんなところに惹かれ、突き動かされて、今があるのか。

そこは、理屈ではない、フィーリングなのだろう。

それぞれ違うものに魅了され、自らの意志で歩んでいる人たちと、交差し、互いの経験なり、想いを交わしていくという、出会いが楽しい。

海外で、特にニッチな場所だと、その出会いは、より興味深く印象的になりがちだ。

今の日本の事業、JUJUBODYも、その延長戦に成り立っている。

ぶっちゃけた話、それこそ、モリンガオイルは、インドから輸入すれば、安価だし、ガーナから輸入するより輸送コストも安く、利幅はずっと大きくなる。

効率だけを考えたら、大手の化粧品会社はもちろんコストが安い方を選択するだろう。(精製するのならば、元のオイルの抽出方法や質なんて関係ないし)

でも、それをしてしまったら、こんな小さな会社の存在意義はなくなってしまう。

私は、ガーナで出会ったサプライヤーの情熱に共感して、そのモリンガオイルのクオリティーに感動して、自分が気に入ったこのモリンガオイルを日本に紹介したいから始めたのだ。

アメリカに住んでいて、MITを卒業したのなら、いくらでも、今よりもっと楽して稼げる仕事に就けるのに、あえて、母国に戻って、貢献したいという気持ちに、それがどれだけ厄介な道のりか実感しただけに尚更、ああ、こういうクレージーな人たちと一緒に仕事したいなというだけなのだ。

ガーナでは、これまであまり行われていなかったモリンガのオイルを抽出する技術をMITで開発し、現金収入の少ない農家に、モリンガを植え、それを買い取り、モリンガオイルを抽出してガーナ国内外で販売している。

JUJUBODYは、北米に起点がある彼らがリーチできない、アジアマーケットを担っている。

彼らは、これまでに、250,000本以上のモリンガの木が植林され、1000軒以上の農家、収入を4倍にまで増加させている。

一夜で大きなことはできないけれども、自分の周りから、小さな変化が生み出せれば良い。

明治維新期に、海外で学んだ日本人が帰国し、日本の近代化、発展に寄与したように、ガーナを発展させるのは、こうした教養と志ある若いガーナ人だ。

外国人ではない。

私は、そういうチャレンジャーな心意気が好きなんだなあ。

 


行動するから情熱が生まれるのだ


タイ、バンコクに、アジアハーブアソシエーションというマッサージ店がある。

チェーン店で、小綺麗で、値段もリーズナブルなので、タイに友人が遊びに来た時には、よく連れて行ったお店。

サービスも日本的で、日本人スタッフや日本語のできるスタッフもおり、言葉に不安がある人でも安心して使えるため、日本人を中心に、観光客が多く通っていた。

私が知っているお店は、既に、抜群のロケーションに立派な店構えだったので、てっきり日系の大きな会社が出資して始まった会社だと思っていたけれど、加瀬由美子さんという女性が、2002年に、35歳でコネもなく単身タイに渡り、資本金300万円で自宅兼店舗で始めた会社だという。

業者にお金を持ち逃げされたり、最初はなかなかお客さんもこなく、何度も倒産しそうになったそうだが、今では、200人以上の社員を雇い、タイ国外にも店舗展開している。

2013年には、ロート製薬と合弁会社を資本金11億8800万円で設立したり、スパプロダクトやホテル経営にも手を伸ばしているそうだ。

こういう話を聞くと、当たり前だけど、小さな一歩一歩が重なって、大きくなっているんだなと、勇気づけられる。

ガーナにいたときも、現地で出会う外国人は、様々な理由でそこに辿りついていて、その理由も人それぞれで、物事や人に魅了されるポイントって、それぞれ違っていて面白いなと思うのだけれども、私は、やっぱり、こういう話に魅了される。

ワクワクして、元気になれる。

ゼロからスタートする、クレージーなその一歩を踏み出す勇気と、平坦じゃないけど歩き続ける、起業する人たちのマインドセットが好きなんだなあ。

Our actions lead to our passions, not the other way around.

Passion is not innate, but grows from experience.

情熱があるから行動するのではない。

行動するから情熱が生まれるのだ。

 


言葉の力


言葉って、スピーチでも文章でも、やっぱり発言者の魂が出るものなんだよね。

トランプ夫人の演説が、ミシェル・オバマの演説のパクリだと報じられていたので、聞いてみた。

うーん、これ、見事に文章構造一緒で、ちょこっと単語変えてパクっちゃったね。

自分から出てきた言葉なら、これほど同じにならず(一文ならまだしも)、いくらでも他の表現になるよなあ。

でも、そこに言葉を発する本人の心が全く入っていないから、ほぼ同じ内容なのに、全く心に響かない。

なんの真実味もない。(だいたい他の内容も、旦那の公約や発言とチグハグだし)

まあ、東欧から出てきて、体一つでアメリカンドリームを掴んだ人には違いないのだろうけど。

これが、Future first lady ねえ・・・ギャグだわ。

スピーチライターがついているにしろ、心を動かすスピーチには、その人自身の経験と想いが、その人自身が表れている。

そういう言葉には、人を救うだけの力がある。

スティーブ・ジョブスや、J.K.ローリング、シェリル・サンドバーグのCommencement Speeches には心動かされたし、オバマ大統領のシカゴでの勝利宣言時の演説もそう。(大統領就任演説より個人的には響いた)

昨夜、WBSでARM買収について話していた孫さんの少年のような嬉しそうな顔も、心に残る。

何百、何千、何万人という人の心を動かすなんて大それたことではなく、近くにいる誰かの心や気持ちを、その人が沈んだ時に、明かりになるような言葉を投げかけられるようになれたらいいな。

残存記憶でも誰かの心に残れたら。

そうやって、人との出会いを繰り返せていけたら、良い人生かななんて思った夜。


気分が重い日


別に、直接自分に何か悪いことがあったわけではないのだけれども、どうしても、気分が浮かない、気分の重い日というのがたまにあって、それが今日だった。

天気もイマイチで。

年老いた愛犬の調子が悪かったりとか。

早速戻ってきた、気楽に受けた乳がん検診のエコー結果が、所見なしの触診とは異なり、経過観察要でまた再検査だったりとか。

突然の芸能ニュースだとか。

小林麻央さんが33歳で乳がんで、もう1年8ヶ月闘病しているという。

彼女が発覚した頃というのが、ちょうど私が日本に戻ってきた頃、私が診断を受けた頃で、年齢も同じなので、他人事のように聞き流すことができない。

「まあ、好きなことやってきたし、やり残したことはないから」

なんて、開き直っていた私だけれども、あえてやり残したことといえば、子供を産むことで、もし、子供でもいたら、死んでも死にきれず、「死」に対する恐怖は計り知れなかっただろうから、いなくてよかったなと考えたことを思い出した。

と同時に、手術がすぐに受けられない、手術を受けるためにこれだけ長い間抗がん剤治療をしなくれはならないほど進んでしまっている、幼い子供を2人抱える彼女の心中を慮らずにいられず、とめどなく考えてしまう。

当たり前の何てことないことが、何てことなくできる毎日というのが、どれだけ幸せなことか。

ご飯を食べていると、「ワン、ワン」とねだってうるさいあの声が、明日は聞けるといいな。


乳がん検診


前から気になっていたけれど、行けていなかった乳がん検診に初めて行ってきました。

市の検診で、触診だけだと500円。その病院のおすすめは、+5100円の私費で、エコーとの併用で検査するものということだったので、「まあ、せっかく来たし、エコーなら痛くないからやってみるか」と、触診とエコー検査の両方を受けてみることに。

ところが。

四角い箱のような機械を思いっきり押し付けられ、その箱の中のローラーが動く仕組みで、エコーだけど、痛い。

痛くないって書いってあったけど、とっても痛いんですけど〜

「動かないでください」「リラックスしてください」と言われても、力入っちゃうし。

なんでも、この病院のエコー検査は、最新の3Dエコーで、画像が残せるとやらで、通常のエコー検査より優れているけど、痛いのだそう。

でも、母曰く、あの痛いと悪名高い?マンモグラフィーに比べるとなんてことないとか。

恐ろしや、マンモグラフィー・・・

まあ、でも、こうして地方自治体が検診を提供してくれるなんて、日本は素晴らしいですね。

 


Life is not fair but that’s why it’s worth fighting for


「俺の生まれた場所がガーナじゃなかったら、どんなチャンスがあったのかな。どんな風に待遇されてたのかな。」

とポツリと心境を呟くパートナーを見て、

生まれた場所によって自分の持っている可能性を広げる機会を得られないという事は残酷に、不公平に感じた。可哀想に感じた訳でもなく、申し訳なく感じた訳でもなく、その事実がそのまま腹の底にズドンと落ちて来た。

ガーナで頑張る日本人の友人の投稿に、ああと、自分も同じ想いを抱いたときのことを思い出した。

そう、可哀想とか、申し訳ないとかではなく、その生まれた場所によって可能性が狭まってしまうというその事実の重さを感じたときのことを。

残酷なことに、この世界は、人生は、公平ではない。

不公平なのだ。

生まれたときから、何の不自由もなく、愛情をいっぱいに受け、傷みも知らず(失恋ぐらいがいいとこか)、大人になっていく子供もいれば、愛を知らずにゴミだめのような場所で成長しなくてはならない子供もいる。

この不公平さは、なくなることはない。

でも、だからこそ、

Life is worth fighting for

戦う価値のあるものなのだ。

私は、アンフェアなのは嫌いだ。

一人では何もできないけれど、一緒にやれば、少しはチャンスが広がるのではないか、そう思って飛び込んだのが、ガーナだった。

学生の頃に、ALS(アイス・バケツ・チャレンジで注目された)を発症し、余命2年と言われながら、急に進行が遅まり発症から50年以上経っても健在で、「ブラックホールの特異点定理」を発表した「車椅子の天才」と呼ばれるスティーヴン・ホーキング博士は、こう述べている。

One has to be grown up enough to realize that life is not fair.

人は、人生が公平ではないことを悟れるくらいに成長しなくてはならない。

You just have to do the best you can in the situation you are in. 

自分が置かれてる状況の中で、ただ最善を尽くさなきゃならない。

I try to lead as normal a life as possible, and not regret the things it prevents me from doing.

人生は、出来ることに集中することであり、出来ないことを悔やむものではない。

私がガーナで出会ったのは、この英知を携えた人ばかりで、ただただ腐らず、自分の置かれた状況で最善を尽くしていた。

たぶん、そこが、私のガーナの、ガーナ人の好きなところなのだと思う。

そして、その経験のおかげで、私も、31歳で癌にかかるという予期せぬ出来事にも、「なんで私が」という感情に沈まずに済んだのだと思う。

だって、それが人生だから。


Tomorrow is a better day


先日、誕生日を迎えました。

幾つからか、「もう誕生日なんて祝う歳でもないし」と思っていたけれど、誕生日というのは、「無事に年を重ねることができたということに感謝して祝う日」なのだということを思い出しました。

去年の今頃は何をしていたかなと振り返ってみると、通院する度に、「怪しいところが・・・」と言われ、まだ商品作りやオンラインショップ作りも下準備、手配に追われていて、何の形も出来上がっていなくて。

「これだけ腹をくくって借り入れまでして、もし、途中で転移でもしたらどうしようか」という不安が一瞬脳裏をよぎっては消して、とにかく、「作りたいものを作って送り出す」ことに集中することで、気を紛らわして前進することだけを考えるようにしていたように思います。

今年は、テレビ東京「生きるを伝える」の放送を観て励みになったとおしゃってくださった抗がん剤治療中の方から、JUJUBODYのモリンガヴァージンオイルとシアバターで、ほんの数日で随分改善したという喜びのメールをいただき、私もとても嬉しくなりました。

入院前後の写真なんて、まあ記念するようなことでもないから、奇跡的に一枚ずつしかなかったし、お見舞いも遠慮してもらったぐらいなので、すっぴんで綺麗でもないものを公共の電波に流すのはなと思ったけど、やっぱり流すなら、綺麗なとこだけじゃなく、全部見せた方が良いよなと思って持ち札全部出して出演してみました。励みになったと思ってくれる人が少しでもいるならば、良かったなと思います。

一年経ち、すこぶる健康で、商品もオンラインショップも出来上がり、たくさん応援してくれる人や、愛用してくれるお客さんもできて、取り扱いたいと言ってくれる会社がどんどん増えています。

Tomorrow is a better day

って、本当だね。

今年は、仕事はもちろんだけれども、楽しむことにも貪欲になりたいと思います。

やっぱり、人生楽しんだもの勝ちだから。

楽しめるならば、楽しめるときに楽しんだ方が良い。

当たり前だけど、時間は限られているから。

私は、結構、この「楽しむ」ことがずっと苦手で、オランダ行ってから友人たちに教えてもらった気がします。

当座の目標は、友人の結婚式に出席することです。

ビジネススクールの友人の場合、国際結婚で2カ国で行うことが多いのだけれど、せめて、結婚式一つには出席して一緒にお祝いしたいなと思います。

なんて言っていたら、また、婚約したカップルが出てきましたが(笑)

というわけで、今週末は、超弾丸ですが、オランダへ行ってきます!

 


あなたにとって、生きるとは?


2月13日(土)、テレビ東京「生きるを伝える」が放映されました。

3分ほどの短い番組ですが、テレビの影響力ってすごいんですね。オーダーが殺到し、怒涛のような配送作業が続く中、制作会社の方から、丁寧に直筆のお手紙と一緒に番組DVDをいただきました。

最近、お気に入りの日本ケニア交友会(http://kenyatea.jimdo.com/)さんのケニアの無農薬紅茶で、ミルクティーを淹れて、一息。

たまたまネットサーフィンをしているときに、JUJUBODYのホームページを見つけ、そこから私のプロフィールを読んで連絡を下さったディレクターさんは、海外経験のある同年代の女性で、JUJUBODYにかける私の想いに共感して下さりました。

こういう出会いがあるから、「起業」ってクセになるんだと思います。

オンタイムで観ていた放送は、「あ、あの写真が使われている」「この話が使われている」「私ってこんな声なの?」とか、そんな感想に忙しかったのですが、改めて、頂いたDVDを観てみると、長いような短いような1年だったなと感慨深くなりました。

と、同時に、応援してくださった方々を思い出しました。

製品化にご協力いただいた会社の社長さん(素敵な女性で、化粧品業界の常識に反して、ケミカル一切不使用という異例の製品の製品化に賛同してくださいました)、商品化後すぐに取り扱いたいと言ってくれた社長さん、クラウドファンディングをサポートしてくれた人々、商品を愛用してくださる方、急成長を受け出資を申し出てくれた方・・・

色々な人の支えがあって、ここまでこれて、これからやっていくんだなという、転機にとても良い機会をいただいたことに感謝です。

時間の関係で割愛されていましたが、取材時、色々なお話をさせていただきました。

その中で、実は、「病気になって良かったことはありますか?」という問いを受けたのですが、

当たり前のことだけど、人間、いつかは死ぬのだということに、生きている間に気づかされたことだと思います。

当たり前にあると思っていた5年後、10年後が、もしかすると自分にはないのかもしれないと思った瞬間、生活のために好きでもないことをしたり、嫌な人と関わったりすることに時間を費やすという選択肢はなくなります。

老後のために絶対に手をつけないでおこうと思っていた、なけなしの資金をもとに、日本でも事業を立ち上げることを決めました。日本政策金融公庫という、ガーナでは考えられないスタートアップにも低金利で融資をしてくれる素晴らしいシステムが日本には存在するので、そこから融資を引きました。

作りたいものを作るために。

数百万あったって、死んだらお金は本当紙くずで使えないし、何にもならない。

普通だったら、ここまでリスクを取れないと思いますが、それができたのは、逆に病気のおかげです。

まあ、それも、今、生きているからこそ言えるのですが(笑)

まだみんなが知らない、私が現地で出会った素晴らしい自然の恵みを伝えたい。

それは同時に、自分の経験をPass on 伝えていくということでもありました。

アフリカ対日本の構図が描かれるとき、それは常に素晴らしい日本が技術を伝達するという図式で、私はそれに飽き飽きしていました。

そんなに、「日本はすごい」と全面に出さなければならないほど、この国は自信を喪失しているのか。そんなにアフリカは遅れていて(果たして何を基軸に判断しているのか?高いビルを林立させ、お金を持っていることが発展なのか)、支援を必要としているのか。

私が、現地で出会ったガーナの若者は、知的で、”Tomorrow is a  better day”と信じて、生き生きと輝いた目をして、社会システムや国のせいにすることなく、腐らずに、ひたむきに頑張っていました。

ちっぽけな哀れみや同情なんて恥ずかしくなるような、尊敬できる人々がそこにいました。

あまり伝えられることのない彼らの頑張りが、モリンガオイルを代表するJUJUBODYの製品のクオリティーに現れています。それは、日本で使った人が「違い」を感じて驚いてくれるほど。

自然の恵みを活用するより自然に近い、本来の人間らしい生活だったり、

自然は決して便利ではないけれど、その手間から生まれる人との繋がりだったり愛情だったり、

あの生命力溢れる躍動的なアフリカの素敵なところを伝えたい。

JUJUBODYという形で、私が届けたいのは、そういうことなのです。

だから、化粧品を売りたいんじゃないんです。

最終的には、JUJUBODY からの収益は、いずれガーナへ投資して、まだ道半ばのVIVIA.com.ghを完成形へもっていくことが目標です。E-commerce は、実は、新しいintellectual 層の雇用をたくさん生むビジネスでもあります。

当初描いていたシナリオとは、ちょっと違うハプニングがありましたが、それも人生。また描き直せばいいだけのこと。

生きるって、そういうことじゃないかな。

新しいこととか、新しい物、人、価値観に出会って、見て感じて知って学んで、そうして自分の道を作っていく。

「あなたにとって、生きるとは?」という問いに対する私なりの答えです。

バックナンバーから、VTRご覧いただけます。

道は自分で切り開く 大山知春


元気をもらって


週末、前から気になっていた中目黒のBean to Bar カフェに行ってみた。

12688024_926121004139697_3033393243115587895_n常に出入りの絶えず賑わう居心地の良い空間で、チョコレートドリンクをいただきながら、同じく穿った友人と二人、平均客単価が〜ぐらいで、何人ぐらいきてるでしょ、じゃ、1日の売上は・・・なんて計算をしながら、いや〜商売って大変だよねという、結局いつもながらの結論に至る。

チョコレートをテイスティングしたら、カカオの濃度が濃いのでお腹いっぱいになり、体が熱くなるような感覚を覚えた。

やっぱり、滋養強壮に食されていただけあるななんて感心しながら、目黒川沿いを歩いていると、可愛らしい店構えのお店が。

下着屋さんのようだ。

http://narico.jp/index.html

まだ夕飯にはお腹も空いていないし、ちょっと寄ってみようかと、フラッと立ち寄ると、お店の中には、元気の良い女性店員さんが一人。

テキパキと自信を持って応じてくれるので、オーナーさんかなと思っていると、見るなり、「サイズ、違ってますよ」と。

え〜?嘘でしょう??と、半信半疑のまま、言われる通り試着すると、目からウロコ。こんなにサイズが違うものを使っていたなんて。

「下着は、入っちゃうは入っちゃうんですよね〜、スカートとかと違って。サイズもわかりづらいし。合うサイズを毎日つけていれば、体も補正されますよよ。合わないのも合わせて使っていると、体型も崩れるし、疲れるし、仕事の効率も落ちるし」

また、セールスがお上手。

妙に、納得し、新年だし、もう古い物は処分しようと、中国人ばりにまとめ買い。

押し付けすぎない的確なサポートに、買い物も弾む。

なぜか、後から入ってきた女性客に、客だったはずの私たち二人が「試着したほうがよいですよ。本当に変わりますから!」と、畳み掛け、無事購入まで持っていかせた。

打ち解けて話を聞いてみると、36歳で独立して6年だという。

とても42歳には見えない可愛らしいなりこさん。

下着が好きで、下着一本でやっているという。

「やっぱり、石の上にも3年っていうけど、そのぐらいから信用も付いて、メーカーさんの対応も変わってきたし、5年過ぎたところから、自分でもこれをずっとやっていこうと思えるようになったよね。それまでは、自分でもいつまで保つか不安だったし。毎日必死だったよ。でも、頑張ってると誰か見てくれているんだよね」

なんだか元気を一緒にもらって帰宅した。

新しいお店や頑張っている人に出会うのは、やっぱりいいね。


Global citizen


先日、とあるインタビューの最中、「ガーナで暮らすのは好きですか?」と聞かれて、

迷わず、

「好きじゃないです。嫌いです」と答えた(笑)

すぐに埃で汚くなるのも嫌だし、電気が止まったり、水が止まったりするのは不便だし、なんてことないことでチップ狙いの警官に止められるのもムカつく。

でも、住んだら、やっぱり自分のいる国の良いところに目を向けたいし、そうするのがストレスを減らして、幸せに暮らす対処法でもある。

じゃ、何が良いところかというと、私は、「キラキラした目の若者が多い」ところだと思う。

ガーナ初のファッションオンラインサイト「VIVIA.com.gh」を作るにあたって、ガーナで「良い物作り」をしている人たちを発掘する中、情熱とプライドを持って仕事をする、キラキラした目の人たちにたくさん出会った。

あるITスタートアップの会社は、ガーナでアメリカ資本のインキュベーターから支援を受け、シリコンバレーへの挑戦の後、CNNなどに取り上げられたが、うまく行かず、またガーナに戻り、チーム再編などを経て、アルゼンチンのインキュベータープログラムに参加するために、アルゼンチンに渡っていった。

すごいでしょ? ワクワクするでしょ?

日本で伝え聞く「アフリカ人」像とは、違うでしょう。

日本では、「格差社会」云々と報道され、現状を改善しようとするより、不平不満ばかり聞き伝うことが多い中、本当の「格差社会」で、もっと困難な環境の中で、そんなことを愚痴るより、黙々と、”Tomorrow is a better day” と信じて、何年も「作りたい物作り」を目指して、自分の夢を追いかけている人たちにたくさん出会ったこと、それが何よりも楽しかったのだと思う。

タラタラ人のせいにして文句ばかり言って努力しない人より、そういう人に囲まれて生きたいでしょう。

ガーナには、約300人の日本人がいて、そのうち8割が大使館、JICA関係者だと言われている。

また、国際協力、開発系の仕事に従事する人も多い。

となると、必然的に、役人、農村部の貧しい人たちを相手に仕事をすることが多くなる。

ビジネスでアフリカに入っている人たちも、ラストマイル、マスマーケットを対象としたビジネスが多い。

ガーナ以外のアフリカについても、内訳としては同じようなものだろう。

ほとんどが、アフリカに愛情を持つ、人道的な人たちだ。

にも、関わらず、「ガーナ人と共同経営している」と言うと、「え?騙されないんですか?」と返す人がいる。悪気なく。

「アメリカ人と共同経営をしている」と言って、同じ質問を投げかける人はいないだろう。

「日本人と共同経営をしている」と言って、同じ質問を投げかけたら、とても失礼だということは誰でもわかるだろう。

私は、いつも非常に残念に思う。

彼らが、私が見てきたようなガーナ人に出会えなかったことに。

それは、「ガーナ人」ではなくて、あくまで、その彼、または彼女、個人の問題だからだ。

持って生まれた人種による人体的特徴(黒人は筋肉量が多いなど)、お国柄は一般化できるが、知力、能力に関しては人種による優劣は全く一般化できない。

能力、知力は、それは単に、環境、教育、教養の差でしかない。

例えば、教育をきちんと受けていなければ、大人だって小学生と同じこと。小学生と一緒に仕事をしたら、段取り力、理解力、実行力など様々な面で、嘆きたくなることもあるだろう。

頭ではもちろん理解しているのだろうけど、肌で実感していない場合、ついはずみでそういう表現が出てしまうのだと思う。

単に、深い意味はなく、普段、彼らが仕事柄、接する現地の人たちに共通する傾向だから、まとめて、アフリカ人なり、ガーナ人と言葉の綾で発言しているのはわかるのだけれど。

私も、もちろん仕事様などについて愚痴るが、「Aは」「うちのスタッフは」など、国籍でまとめることはない。日本人に対しても同様に愚痴る。

「NOと言えないガーナ人」などと一般的に一括りにした記事を書いたりもしたが、NOと言えないのが悪い、劣っているという意図はなく、性質を指摘しているだけのつもりだ。

ビジネススクールでの方々から来たクラスメイトを過ごした経験や、ガーナでたくさんのキラキラした目をした同年代の起業家たちに会わなければ、この微妙な性質、特徴の一般論との区別に関する言い回しに敏感に反応することはなかったと思う。

国際協力の現場にいる人の中でも、決してこの微妙なラインを踏まずに会話する人もいる。西側の先進国、新興国の両方を経験してきた人や、様々なバックグランドを持つ優秀な同僚を持つ人たちが多い。自分の経験に偏ってしまうのは仕方なく、無論、両方経験しなくても、想像力豊かでそういうセンスを兼ね備えている人もいる。

そういう人をGlobal Citizen というのだと思う。

それは、決して、西でも、東でも、アフリカでもなく、偏ることなく、どこからの視点でも物事を見えながらも、自分の視点を持ち、個人のバックグランドや違いを尊重する人たち。

Global citizen たちと交わす会話は、飽きることなく、とても楽しい。だって、「違い」で一杯だから。

未だ、日本では、英語ができるとか、欧米化=グローバルだと捉えられがちだけれども、それはグローバルでも何でもないよ。