新年に想うこと


2年ぶりにバンコクに行っていました。

初めて一人で移り住んだ国で、慣れるまで最初はイライラしたり、驚いたりしていたことを懐かしく思い出しました。

信号のない道を渡れずに、右往左往していると、足元にネズミが飛び出してきて悲鳴を上げたり、部屋にゴキブリが出没してパニックになって、泣きながら日本に電話をかけたことも。

その頃、週末によくコンドミディアムのモデルルームを見に行っていて、当時、建設予定だった物件が完成しているのを見ては、時の流れを感じます。と同時に、昔、通っていたヨガスタジオには、同じ先生がいて、レッスンを受けて、彼女の変わらない笑顔を見て嬉しくなりました。

今も、ゴキブリは大嫌いですが、落ち着いて仕留められるようになり、ネズミにもギャーギャー言わなくなっただけ、あまり変わっていないようで、成長したのかもしれません(笑)

当時は、まさかここから旅が始まるとは思いもしなかったのですが、今振り返ると、この場所から自分の冒険が始まっていたのだと思います。一度、外に踏み出すと、いわゆるレールから既に外れてしまっているので、躊躇いなく、どこまでも自由に行けるようになりました。

ガヤガヤと雑然としたタイの喧騒にもちょっと疲れ、欧州を目指した時、整然と透き通る空気のオランダに足を踏み入れ、ナイエンローデに辿り着いて、一瞬で心が奪われ、洗われるような希望に満ちた気分を味わったことを覚えています。

実際に住むと、日曜日にお店が締まり、サービスに乏しいオランダは不便で仕方なく、長く凍てつく冬は堪えました。でも、おかげで、春の訪れの美しさを知りました。全員、無職の学生なので、お金もない。それでも、こんなにも違うお互いの存在がそこにあるだけで、パーティーが始まるということも知りました。

キャンパスで打ち解けたアフリカ出身の朗らかな友人たちのおかげで興味を持ったアフリカに、ヨーロッパからなら近いし見てみよう程度のつもりが、いつの間にか一緒にアフリカでビジネスを始めることにもなりました。

持てるものが助けるという、本当の「相互扶助」の社会で、新しい価値観に触れました。原始的だからこそ、物事の仕組みがよくわかるようにもなりました。「今を生きる」こと「なんとかなる」ということを学んだ気がします。

ガンを患い、生まれて初めて「死」を自分のこととして身近に直面した瞬間、「まあ、好きなことをしてきたし、ダメならダメで仕方ない。なるようになる」と、意外なほど、あっさり受け入れられたのは、これまでの経験があったから、そして自分なりに精一杯生きてきたからだと思います。

「やった後悔は残らないが、やらなかった後悔は残る」というのは、本当です。

もし、MBAに挑戦しなければ、ガーナに行かなければ、私は、間違いなく、前向きに受け入れることはできなかったでしょう。「なぜ、私が」と嘆いたことでしょう。

毎日を人生最後の日だと思って生きるなんてカッコイイことはできませんが、もし、自分に残された時間が2、3年だとしたら?と考えると、大事なものが見えてきます。そして、それを実感した1年でした。

imgres-1「我慢」や「犠牲」が美徳とされがちな日本において、またどこかそれに囚われている自分もいて、”be happy” になることに、もっと貪欲になっていきたいなと思います。

「経済的な自由と自立」のために奔走した20代。30代になり、新しい世界やモノに出会うこと、見ること、感じること、知ること、そんな小さな冒険の虜になり、新しい経験を積むことに、いつの間にか価値を置くようになりました。

よく、今後の人生や長期的な目標について聞かれることがありますが、会社に関しては5年ぐらいの中期目標は持っていますが、自分の人生に対しては、私はプランを持っていません。

プランを持ったほうが良いのかもしれないけれど、偶然の出会いや、巡り合わせに動かされるのが好きだからです。

「人生って、自分でオールを漕いでいるようで、実は、川流に流されているだけなのかもしれない」と、友人とキャンパスで話したことを思い出します。

そして、同時に、私は、こう思うのです。

何もしなくても(努力しなくても)どこかにたどり着く。でも、きっと、オールを手放さずに、漕ぎつづけていると、自分らしい最適な場所にたどり着けるのではないか、と。

Life is not about finding yourself but creating yourself.

人生って、自分を創造する旅なんじゃないかな。

まだ、見えないその場所に確実に向かっていると信じて、進んでいきたいと思います。