不器用な不断の努力家、ヒラリー


「嫌われ者ヒラリー」と呼ばれるヒラリー・ロダム・クリントンだが、私は、結構、好き。

彼女が女性初の大統領になれなかったということは、米国の女性大統領誕生は、また遠い日になるのではないかと残念でならない。

アメリカは、男女平等なようで、先進国で唯一、有償の育休制度がなく、実際には、分厚い「ガラスの天井」が存在する社会だ。

「エスタブリッシュメント(支配階級)」「計算高い」「鼻持ちならない女」「高慢」「冷たい」「信用できない」

などなどの形容詞が、ヒラリーが嫌われる理由。

わからなくもないが、長い間、政界にどっぷり浸かっているので、もちろん、イノセントだとは思わないが、私は、

彼女は、不器用な努力家だと思っている。

努力する人は、尊敬するし、好きだな。

ちょっと感情的になれば、女だからと言われ、感情を出さなければ、冷たいと言われ、彼女の年代で政治の道に入れば、鎧をかぶって強がらざるを得なかったのではないか。

なぜか、トランプにアメリカンドリームの体現者として、期待を寄せる人がいるが、父親の会社を引き継ぎ、数え切れない従業員との訴訟を抱え、6回破産し(本人は4回と言ったが)、Tax Return も公表できない彼より、

よほど、ヒラリーこそが、一般的な中流階級から、自分の力一つで、米国初の女性大統領候補に上り詰めた(資産も権力もゼロから築き上げた)「アメリカンドリーム」の体現者だと思う。

「夫との密約」なんて、日本のメディアにも意地の悪い書かれ方をされているが、夫の夢の実現を支え、その後に、妻の夢の実現のために協力するなんて、素晴らしい夫婦のパートナーシップではないか。

以前、ヒラリーの自伝「リビング・ヒストリー」を、モニカ・ルインスキー事件にも触れているということで、ゴシップ心から(笑)、ビル・クリントンの自伝「マイライフ」を読んだのだが、「仮面夫婦」と言われることもあるが、お互いの才能に信頼を寄せ、愛情という単純な一言では表せない深い絆が二人にあるのは、確かだと感じたものだった。

男性であれば、好意的に受け止めれる野心的な夢を、”Dare to compete” (あえて戦いに挑む)と、諦めずに自分の信じる道を突き進むことが、計算高いと言われてしまうのは、本当に不器用だなあと思ってしまう。

彼女が何もしてこなかったなんていうのは誤りで、アーカンソー州知事夫人時代から、彼女は、一貫して子供、女性、教育、医療制度に心を寄せ、様々な実績を上げてきた。

女性、特に若い女性に向けた敗北宣言のスピーチの一節も、それを物語っているように思う。

But please, please never stop believing that fighting for what’s right is worth it. 

どうか、どうか正しいことのために闘うことは価値があるのだと、信じ続けて下さい。

And to all the little girls watching right now, never doubt that you are valuable and powerful and deserving of every chance and opportunity in the world.

このスピーチを見ている全ての女の子たちに。あなたは大切な価値ある存在で、可能性を秘めていて、どんな夢やチャンスも追うことができるということを、決して疑わないで下さい。

経験をアピールすることで、「何の変化も期待できない」という烙印を押されてしまったが、彼女の政治人生の根本にあるこの想いを、もっと上手く、親しみやすく人々に寄り添って、アピールすることができたら、もう少し違う結果になったんじゃないかなあ・・・なんて思い、品位ある潔い敗北宣言スピーチに、心が打たれました。