ガーナにおけるレバノン人の存在感


ガーナの地価上昇が凄まじい。

テマやスピンテックスのインダストリアルエリアでは、

10年前、1エーカー10,000ドル程度だった土地が、今では、300,000ドルに。

30倍になっているという。

当時は、野原だった場所が、インダストリアルエリアの拡大と共に、舗装道路ができ、開発され、地価が上昇しているのだ。

まだ、誰もその土地の価値を見出せなかった時に、二束三文で土地を購入したのが、レバノン人移民だ。

親族を呼び寄せ、レストラン経営や貿易、商いを営む人が多い。

レバニーゼレストランはもとより、アクラのイタリアンレストランやジャパニーズレストランの経営者の多くは、レバノン人だ。

日本にいると、あまりレバノン人の存在感を感じることはないが、一歩、日本から出ると、あちこちで移民として様々な国で暮らすレバノン人に遭遇する。

独立間もないアフリカ諸国や南米に商人、投資家として渡ったレバノン人や、1975年から17年間の内戦で北米、欧州に流出した人が多く、世界中に離散している。

同じように、商人として移住したインド人が、同族コミュニティーで固まりがちなのに対し、現地の人と結婚したり、現地に融合し、根ざしている人が多いように思う。

彼らの商魂と先見性に、先駆者のたくましさを感じる。