どうせいつか死ぬのだから


俳優の三浦春馬さんが亡くなったという訃報を母から受けて驚いた。

恵まれた容姿に、仕事もとても順調で、

はたから見れば、羨ましいぐらいの人生が約束されたような人だったから。

今年初めに、主演映画でアカデミー賞を受賞したシンシア・エリヴォと、グリーのマシュー・モリソンと、彼が共演するミュージカル・コンサートを母と一緒に観に行った。

類まれな歌唱力を誇るシンシアと、

オーディエンスを巻き込むパフォーマンス力を持つマシューの2人と同じ舞台に立つなんて、

とてつもなく光栄なことだけれど、

荷が重いだろうなぁなんてと思いながら、彼のパフォーマンスを観たことを覚えている。

でも、当の本人は、とても、笑顔が素敵でキラキラしていて、

プレッシャーを前向きに楽しめてそうに見えたし、

すごく練習して努力していることが、丁寧なパフォーマンスからもひしひしと感じた。

その印象が残っていたので、「どうして?」と、本当に残念でならない。

うちの母は、自殺で人が亡くなるニュースが流れる度に、

「バカだね」と、幼い頃から私たちに言ってきた。

「そんなことで死ぬなんて、バカだよ」

亡くなった人に対して失礼だと思う人もいるかもしれないけれども、

決して、「辛かったんだろうね」など、肯定することがなかった。

相手の心情を慮って同情しても、必ず、最後に、

「でも、バカだね」と言う。

「いつか嫌でも死ぬんだから、自分で死ぬことない。死んだら、終わりだよ」

そう言われて育ってきたせいか、どんなに辛くても、

「あ〜もう、何もかも捨てて消えてしまいたい」と思ったことはあるけれど、

「死にたい」という言葉で、その発想を抱いたことは一度もない。

長年の刷り込みのおかげで、「死にたい」という言葉が、私の中に存在しないのだ。

言葉が存在しないと、選択肢としても存在しない。

どちらも気持ちとしては近しいものがあるのかもしれないが、

実際に言葉として思い浮かべたり、発するのと、言葉が存在しないのとでは、雲泥の差がある。

Watch your words, they become your actions

言葉に注意しなさい。その言葉は、あなたの行動になるから

というマザー・テレサが伝えたと言われる言葉がある。

よくその言葉が思い浮かんでいると、ふとした瞬間に、その言葉に傾倒してしまう。

どうしようもなく追い詰められていたという場合もあるけれども、

人間には、ふと、魔がさす瞬間というのがあるのだと思う。

その狭く暗い箱に入ってしまった時に、そこから連れ出してくれるきっかけって、

実はちょっとしたことだったりする。

ただ、その箱から一人で自力で抜け出すのは、難しいんだよね。

一度、箱から出てしまったら、

たいしたことないってあとから気がつくかもしれないけれども、

死んだら、終わりだからね。

死ぬほどのことなんて、実際には、ないんだよね。

だから、今、生きていられるわけだから。

だからこそ、生物としては、「自分で死ぬなんてバカ」が正解だと思う。

自殺のニュースが流れると、触発されて、更に、自殺する人が増えるという。

日本には、選択肢として当たり前のように自死が溢れすぎている。

死者を冒涜しない日本の美徳があるが、

真面目すぎたとか、ピュアすぎたとか、頑張りすぎたとか承認しないで、

バカだねと言って、

どんどん「自死」という選択肢自体を、この社会からなくせたらいいのではないか。

命ある限り、生きる。

とりあえず、生きる。

どうせいつか嫌でも死ぬんだから。

だから、とりあえず、適当に生きていればいい。


少し大きな目標を


もともと、JUJUBODYは、

こんなに素晴らしいものがアフリカにあるなんて!

と、日本に伝えたいという想いから始まっています。

自分自身や、家族、友人に教えてあげたいものを、

中身だけではなく、使いたい、持ち歩きたいと思えるような形で届けたいと。

そして、それには、原材料の調達から、製造まで、自社で在庫を持って行う以外に方法はないと、

化粧品業界、食品業界、全くの未経験から始めました。

 

結局、ゴミとなってしまうパッケージには、必要以上にお金はかけないけれども、

シンプルで使いやすくありながらスタイリッシュに、

中身のクオリティには妥協せず、

本質的に大事なものは何かに主眼を置いて、モノづくりをしてきました。

未経験だからこそ、大変だったこともありますが、

逆に、業界慣れしていないからこそ、作れたものもあるし、

業界を知っていたら、その厳しさから、そもそも飛び込むことができなかったと思います。

無知だからこその強みです。

コロナ問題が浮上してから、自分だけでなく、家族にも紹介したいという方が更に増えました。

今では、中学校卒業して以来、会っていなかった友人のその家族や、

学生時代からの友人の家族、ご両親、義理のご両親・・・

お客様から、その大事なご友人、またそのご友人・・・

など、人から人へ愛用していただくようになりました。

これは、まさに、私が望んだことです。

JUJUBODYのおかげで、大事な人の、その大事な人まで繋がり、

少しでも生活の役に立てているかと思うと、とても嬉しいですし、

この仕事で食べていけるのは、本当に有難いことだなと改めて、思いました。

と、同時に、当初の目標だった自分の大事な人へ教えたいという想いは、

ある程度、実現、形になったのかなと最近感じています。

日本という国全体をマーケットとして考えると、

JUJUBODYの認知度は点にもならない小さなほどで、まだまだ大きな成長余地があります。

こんなに喜んでもらえるなら、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。

必要としている人は、もっとたくさんいるはず。

少し、大きな目標を持つことにしました。

コロナ問題で、様々な企業が独自に社会に還元できることを行なっている様子をみて、

カッコいいなと思ったのです。

できたら、マスク売るんじゃなくて、配りたかった(笑)

お客様のおかげで儲けて、その利益をまた社会に還元して、そして、また戻っていく・・・

そんなサイクルを目の当たりにして、稼ぐってカッコいいなと。

私も、食べていければいいというガーナ人的な考え(笑)から、

もっと、きちんとたくさん利益を出して、

社会に還元していけるように目指そうと思ったのでした。

 

 

 


せっかくなら、愛のある言葉を


自分の対人関係を考えたときに、

一番上手くいっている人間関係って、私の場合は、JUJUBODYのお客さまとの関係だと思う。

オンラインでの販売がメインなので、それほど直接コミュニケーションを取ることは多くないのだけれども、商品に関する質問や、相談を受けた際や、事務手続きの関係で言葉を交わすことがある。

その時に、

「いつも素敵な商品をありがとうございます」とか、

「おかげさまで体調がすごく良く、家族みんな元気に暮らしています」とか、

とても温かい感謝の言葉を添えてくれる人が、本当に多い。

ほぼ全員といってもいいぐらいで、これはとてもすごいことだと思う。

間違いなく、私の一番の財産だ。

特に、4月、コロナ問題が起きてから、お客さまからの相談や問い合わせが増え、

同時に、感謝の言葉を多くもらった。

商品に対する感謝の言葉は、造り手冥利に尽きるというか、

そういう言葉をもらった日は、一日、とても幸せな気分になる。

たった一言で、人の1日の気分をこんなに変えられるのだから、

私も、同じように人に接することができているかな?と、自分を思い返してみた。

特に、レストランなどでは、やっぱり「美味しい」って言ってもらうことが、

作る人にとっては一番嬉しいことだから、

本当に美味しいなと思った時には、帰る際に、ごちそうさまだけでなく、忘れずに、

「美味しかったです」とか、具体的に「このお料理がとても美味しかったです」とか、「また来ます」という一言を付け加えるようにしている。

たった一言で誰かの1日を変えることができるのだから、

せっかくなら、愛情のある言葉をかけられるようにしたい。

そう、お客さまから教えてもらった。

逆に、これまでで、うまくいかなかった人間関係を思い返してみると、

まず、私が最初に相手に不信感を抱いていたなと思う。

愛には愛が、不信感には不信感が戻ってくるものなのだ。

いつだったか、「妥協することなく商品を作っているのが羨ましい。また、へんにお客さまに媚びることがないところがいい」と、大手メーカーで商品開発をしている方に言われたことがある。

確かに、私には、よくある「お客さまは神様だ!」という感覚はなく、

どちらかというと、同じ価値観を共有する「同志」「友人」という感覚で接している。

もともと、JUJUBODYは、自分の家族、友人に自信をもって紹介したいものを作るというところから始まっている。

だから、私にとって、お客さまは、家族や友人に近いのだ。

そういう大事な人へのものだからこそ、無駄なものは削ぐけれども、商品のクオリティに変な妥協はしない。

自分が本当に良いと自信を持って使えるものだけを商品にしている。

だからこそ、「買ってください」ではなく、

「気に入ったら使ってください。気に入らなければ、使わないで下さい」という断る勇気も常に持っている。

愛情を込めて作ったものを、愛する人だけに使ってもらいたいという姿勢が、

お客さまとの今の良い関係を築けている秘訣かもしれない。

なんて法則に、自粛中に気がついて、

この関係性の法則は、他の人間関係にもあてはまるのではないかと意識するようになった。

もちろん、ネガティブな感情が浮かぶことだってあるけれども、

大事なのは、そのネガティブな感情に飲み込まれ、支配されるのではなく、

負の感情を押しのけ、愛のある言葉や行動を選ぶということだ。

 

 


犬のいる暮らし


自粛期間中に、一つ大きな決断をしました。

子犬を飼い始めたのです。

実家では犬を飼っていて、犬のいる生活は絶対欲しいと思っていた私。

ガーナでも犬は飼っていた(いや、家についてきたのですが)のですが、一人きりで飼ったことはありません。

いつも、街中で犬を連れた人を見るたびに、いいなぁと後ろ髪引かれる思いで振り返っていました。

海外に行くことも多いし、留守番させてしまうことも多いし、今はムリ。

ずっと、そう思っていました。

日本に戻ってきた時から、また、いずれ海外に戻りたいと思っていたこともあり、

責任を負えないと思っていたのです。

でも、このコロナを機に、果たして本当にまた海外に定住したいのか?

刷り込みのように前提にあった自分の考えと向き合うようになりました。

実際問題として、日本以上の医療体制のある国は、ヨーロッパでも、それほど多くありません。

欧州に住んでいた当時とは違い、友人も皆それぞれに散らばり、家庭があり、生活があります。

会社などに所属していれば、嫌でもコミュニティーに属し、そこから交友関係が広がりますが、そうではない人間が、見知らぬ地でゼロから始めるには、とてもエネルギーがいります。

これまで日本で培ってきた仕事も、生活もあり、それを全て残して、本当に行ってゼロからスタートしたいのか?と疑問を投げかけた時に、ベースは、日本で良いのではないかと思うようになったのです。

となると、毎週、海外出張に行くわけでもないし、まして、今年は海外出張はない。

自分一人で世話をと思うから、ムリだと思うのですが、お金を払えば、犬の保育園やペットホテルなど、犬と楽しく生活する、お手伝いをしてくれるサービスもたくさんあります。

子供を保育園や寄宿学校に入れるのが、子供にとってかわいそうなのか?という問題と一緒で、

私が出かけているときでも、ストレスなく生活できるような環境を用意し、

順応できる子に育てれば、可能ではないか?と思うようになったのです。

まして、自宅で過ごす時間が多い今は、手のかかる子犬を育てるのに最適。

犬欲しいなぁという積年の想いから、予定もない時から、

ペット可マンションに引っ越していたので、今すぐにでも平気。

となると・・・・・まあ、すぐに動いてしまいますね。

「ムリ」と思うから、ムリだっただけで、方策はいくらでもあるのです。

犬を飼い始めてから、毎日があっという間で、家に帰るのがとても楽しみになりました。

コロナがなければ、決断できなかったと思います。

無条件に愛情を傾けてくれ、また愛情を注げる相手がいるのは、

日常を豊かにしてくれるなと、うちのチビちゃんに感謝です。


Everything happens for greater good


久しぶりのブログ更新になります。

自粛中、なぜかいつもよりずっと時間があるはずなのに、書く気になれず、

本ばかり読んでいました。

発信するよりも、自分と向き合って、内省したい気分だったのかもしれません。

以前に読んだ本でも、その時には、いまいち腑に落ちなかった言葉が、

すとんと入ってきました。

これまでの自分の歩みを振り返ってみると、ガーナに渡ったことや、がんになったこと、

その全てが私にとって、より良い未来のために必要なことだったのだと思えたのです。

例えば、一般的に、ネガティブなことばかり考えていると病気になるとか言われますが、

「え〜そうかな?私、結構、ポジティブだと思うけど?」なんて、以前は思っていたりしました。

特に、なぜがんになったかなんて、気にしたこともありませんでした。

まあ、そういうことも人生あるだろうぐらいに。

でも、今は、なるべくしてなったと思います。

私自身が引きつけたのです。

もちろん、がんになりたいなんて思っていたわけではないけれども、

結果として引きつけてしまったのだと、今ならよく分かります。

原因がわかれば、呼び込まない方法も分かります。

なぜかは、いつか、またお話しできればと思いますが、

でも、病気になったことも含めて、Everything happens for greater good

より良い人生のために必要だったのです。

また、40%の確率で転移すると言われながら、転移しなかったのも、

がんを治そうとするのではなく、JUJUBODYの事業を始めて、全く気にかけなかったのが、良かったのだと感じました。

なぜなら、治そうとか、怖いと思うと、逆に、意識が全てがんに向かってしまうからです。

そんな人生のからくりが紐解けたように感じたのが、私にとっての自粛期間でした。

Everything happens for greater good (全ては、より良い人生になるために起きる)

心から、そう信じられるようになったのです。

いつか、この教訓を詳しくシェアできればなと思います。

 


経験が想像力を育む


新しい経験を積むことは、重要だと思う。

なぜなら、人は、自分が経験したことからしか想像できないからだ。

例えば、本を読むなど、話を聞けば、理解し、想像することはできるけれども、

経験した範囲のことしか、想像することはできないのだと思う。

だから、たくさん色々な経験を積むと、人として豊かに成長できる。

そして、経験を補うために、本やセミナーなどを通して知見を広めるのが大事なのだと思う。

経過観察のために、大学病院に行くと、

少なからず、待たされて看護婦さんに文句を言っている人がいた。

確かに、予約していても、予約時間を1時間超えて待つことも多々あった。

大抵、イライラして看護婦さんに詰め寄って、更に、彼らの仕事を増やしているのは、

引退しているであろう年齢の年配者が多かった。

年を重ねて、自分本位に頑なになるのは、新しい経験が減り、想像力が衰えるからではないかと思う。

年配の人でも、新しいことに挑戦している人は、柔軟だし、とても若い。

私が、普通に外来で来て、がんの告知を受けた時も、担当医は、2、30分くらいじっくり説明してくれたと思う。

だから、たまたま自分の前にそういう患者さんがいれば、その分、時間が押してしまうのは仕方のないことだと想像できるし、そこで待つことに、私はイライラすることもなかった。

実際、みんなちゃんとお昼ご飯食べられているのかな?と思うほど、忙しく働いている。

でも、それが見えない、想像できない人もいるのだ。

今回、思いがけず、緊急調達ということで、自社商品ではないマスクを販売してみて、

少しだけ、今起きている状況や業界事情が、経験通して、想像できるようになった。

なぜ、ドラックストアには並ばないのか?

在庫切れでも、店員に苦情が相次ぐのに、これまでの10倍の値にならざるを得ないものを並べて、非難され、現場を混乱させるより、同値で同じ仕入先(新たに取引口座を開設するのは面倒)から仕入れられないのならばしょうがないというのが、状況だと思う。

全世界中で、77億人が必要なぐらいに、マスク需要が急激に上がっているのだから、原材料費も高騰する。

その前に製造したものと、コストが違うのだから、同じ値段にはなりえない。

需要が上がれば、価格が上がる。

逆に、需要が下がれば、価格は下がる。

原油先物価格が、大きく値下がりして、マイナスをつけたように。

経済の基本原理だ。

でも、商品を作ったことも、業界とも関係ない消費者は、そう想像はできないだろう。

この需要は、ずっと続くものではない。

製造ラインへの投資や、その回収を考えれば、「おいしいビジネス」ではない。

新しく参入したシャープなど異業種の製造メーカーは、何かこの状況で役に立てないかと参入しているのに、中には、高すぎるだの心無い言葉を浴びせる個人もいて、対応しなくてはならないのは、大変だと思う。

そもそも、ほとんどの起業やビジネスは、社会のためだ。

社会の需要がなければ、そのサービスやモノは生き残れない。

だから、事業を通して、お金を稼ぐということは、

そのサービスに価値を感じ求める人がいるということで、

たくさん稼いだ人は、本来、社会にたくさん寄与しているということで称賛されるべきなのだろう。

同時に、たくさんの人の支持を受けて、その財を成したのだから、非常時に、社会のために還元するというのも、理にかなった流れなのだろう。

そうやって、お金は、巡らせて、循環させてこそ、更に価値を生んでいくのだろう。

 

 


立ち止まるのも悪くない


「世界中がこんなに一斉に止まるのって、ないと思う。

このあと、IT化への比重が高まっていく中で、

一方で、逆に、人は、もっと本質に帰るんじゃないかな?」

今日、話した友人の言葉が、とても印象的でした。

世界中が一斉に止まる

確かに、これまでも戦争、テロ、自然災害、疫病など色々あったけれども、

これほどまでに全世界に影響を及ぼし、活動を停滞させた事態はないように思います。

世界が、物事が、これほどまでに繋がっていたことを、思い知らされました。

ずっと国境を閉ざすことはできないのだから、

1国だけがこの問題を解決しても、他の国ができなかったら、解決にならない。

普段、当たり前に見過ごしていた家族、健康、自由の有り難さを実感し、

大切なことに気づくきっかけになるかもしれない。

もしくは、コロナ離婚ではないけれども、悪しき関係を見直すことになるかもしれない。

それも良いと思います。

JUJUBODYは、この本質に戻った時に、必要とされるプロダクトでありたいと思います。

立ち止まるって、急ぎ足の世界では、悪いことのように捉えられるけど、

立ち止まって考えるって、大事なことだと思います。

普段はできないことだから、今、この機会を大事にして、立ち止まって考える。

今年は、丁寧に生活をしたいなと思っていたのですが、思いがけない形で、それが実現しています。

これまで延ばし延ばしにしてきた、

とことん考えること、とことん自分と向き合う時間にしたいなと思います。

 


マスク発注までの紆余曲折


町を歩くと、マスクして歩いている方が多いのですが、

皆さん、マスクをどうやって調達しているのでしょうか?

私自身は、昨年買って残っていたマスクが3枚手元にあるだけです。

店頭どこにもマスクがなく、オンラインでも見かけません。

電車通勤がないので、移動が長くなるときのためにと大事にとっておきました。

でも、飛沫感染だけでないことがわかり、経路不明の市中感染が始まった今、

自分も無症状だけど感染しているかもしれないという前提で、動いた方が良い状況になりました。

使い捨てのマスクを使い回したり、あまり役に立たない布マスクではなく、

きちんとしたマスクが欲しいと思うようになったところで、

たまたま、今回のご縁をいただきました。

まるで、引き寄せの法則のよう!

お客さんにも足りなくて困っている人がたくさんいれば仕入れて販売してもいいけど、
もう布マスクで乗り切るつもりの人も多いのかな?と。

まず、毎日、職場でマスクを使う母に聞いてみると、

「ぼったくりの便乗商法だと思われるわよ!
マスクを売るだけで、転売屋みたいで印象悪いわ。みんな、なんだかんだ持ってるよ。あんたの仕事じゃないんだから、メーカーに任せて、評判を落とすからやめたほうがいい」

と言われました。

平常時に、50枚1箱、数百円で購入していた母からすると、
1枚約80円近くするのは、ぼったくりだというのです。

薄利多売な商売は、何百万と流通させて始めて成り立つものです。

私が、小売で、たかだか数万枚を販売したところで、
カード決済手数料、送料負担分の必要を計算したら、全く、商売として旨味のあるものではありません。

仕入れは全部前払いで、販売代金の回収は2ヶ月かかります。
この情勢下で、キャッシュが減るのは、怖いというのが本音です。

ですから、儲けのチャンスだと思ったわけではなくて、
単純に困ってる人を助けられるかなと考えての発想だったので、ショックでした。

もちろん、メーカーに任せるのが一番ですが、

もう、ずっとドラックストアでも、アマゾンでも購入できません。

政府もすぐに解消は難しいと言っています。

「実の母親がそう言うなら、まして、他人はどう思うのだろう?」と思いました。

善かれと思ってやったことで、悪印象をもつ人がいるならば、嫌だな。

面倒なだけだし、よし、やめよう(笑)

でも、FBに投稿して集まった意見は、逆でした。

毎日払っている医療保険よりも安いから、今の時期なら妥当だという方や、

毎日通勤するから、ぜひ欲しい!という方もたくさんいました。

フルタイムで働いている世帯の方は、ドラックストアの品出しのタイミングで行くことができないので、入手できずに困っている人が多いように感じました。

一方で、「1枚50円以下じゃないとぼったくり感がある」という方もいました。

1枚50円だと、仕入れ値割れです。

卸業者の方も、もともと医療機器を専門に扱っていて、

マスクはその伝手で入手ができ、ニーズを受けて始めただけで、

利は、ほとんどない状態だそうです。

現在は、世界的に異常なマスク需要増加により、原材料費が高騰しています。

需要増加により、価格も上がっています。(高く買ってくれるところに、ものは流れる)

緊急輸入で船便ではなく、航空便を使用します。

現地からの仕入れ値は、平時に比べ、何十倍にもなっています。

数ヶ月もすれば、増産の効果が出て、市場価格も落ち着き、出回るようになるでしょうが、現状、この値段に落ち着くのは、仕方がないかなと私は納得しています。

卸業者から入手するには、それなりのボリュームが必要です。

いくらマスクが欲しくても、個人であれば、

2万枚も必要ないし、マスクに百万円以上払うこともできないでしょう。

でも、私だったら、みんなにシェアできる。

喜んでくれる人もいるだろうし、そうでない人もいるかもしれない。

両者の意見に、どうしようかなと一晩悩みました。

翌日、JUJUBODYの物流を担ってくれている、お世話になっている会社さんに打診してみたら、

みんな個人で手配していて限界だったので有難い、発注したいと喜んでくれました。

その瞬間、「やろう!」と決心しました。

私が、在宅勤務できるのは、こうして支えてくれている人達のおかげです。

自分の良心に従って、恥じなく行動したことで、人にどう思われてもいいやと思えたのです。

人にどう思われるかで、行動判断をするのはシャクだなと。

自分が今できる良いと思うことをしよう。

そう思ったら、迷いがなくなり、購入代金、振り込めました(笑)

 


Stay home


現在、在宅勤務に移行しています。

私は、もともと「自主隔離に近くない?」ってぐらいの生活を、

図らずもがな、2月中旬ぐらいから送ってきました。

どんな感じかというと、

・引っ越しして以降、通勤は、徒歩10分ちょっと

・個室で同僚なしなので、濃厚接触者なし

・電車に乗る際には、2-3駅間のみと生活圏が狭く、満員電車は苦手なので、混む時間帯は避ける

・もともと6人以上の会話をみんなで共有できないような、飲み会は苦手

・人と会うときは、基本的に1対1が多い

・並ぶのが苦手なので、スーパーのレジ待ちもしない(混んでいるときは、すぐに諦めます)

という、かなりローリスクな生活。

加えて、この情勢に関係なく、温活に励んでおり、3ヶ月で肉体改造がしたかったので、

週5でマグマヨガ(岩盤浴の上でのヨガ)にハマっていました。

毎クラスごとに、次亜塩素酸水をスタジオ、ロッカールーム、シャワールームに振りかけており(肌はかなり乾燥しますが)、

室温38度以上で湿度も高く、ジムよりずっと安全。

イベント毎は2月末から自粛が続いていたので、必然的に友人と会う機会も少ない。

ということで、感染する懸念も、感染を人に移す懸念もない環境だったため、

電話応対もあるので、ずっとオフィスには通うつもりだったのですが、

東京都のテレワーク要請と入居する施設での陽性患者発生を受けて、考えを改めました。

陽性になった方も、3月中旬まで3回しか出勤しておらず、

在宅勤務中に症状が出て、ようやく4月に入って、検査してもらい、陽性となったようです。

恵比寿三越の販売員の人も、3月中旬ぐらいからずっと休んでいて、

4月に入っての陽性確定。

千葉の実家でも、母がよく買い物に行く、スーパーの店員が陽性になったということで、

スーパーが2店舗、消毒などで一時閉店しています。

飛沫感染だけでなく、

空気感染やプラスチック上でもウイルスが3日生きることなどが判明してきましたね。

ということは、もう追跡のできない市中感染が広がっています。

これからダルマ式に増えるでしょう。

私自身は、がんの入院中にも仕事をしていたぐらいなので、

呼吸困難とかにならない限りは、最低限の仕事はこなせると思うのですが、

むしろ、自分が具合が悪くなった時に問題ないように、

最初から在宅に移行していた方が良いのではないか、

5割の人は、自覚症状もないということなので、

自分が既に感染している可能性も含めて、

なるべく外に出ない方が良いのではないかと思ったのです。

 

でも、実際に自粛をスタートしてみると、こんな生活をしてきた私ですら、

ちょっと人と会って話したり、制限なく自由に好きな時に外に出ることが、

どれだけ精神衛生を保つ上で重要だったのか、実感します。

感染しないためにやった方がいいことは、

うがい手洗いをするという初歩的なところから、

買い物で買ってきたもののパッケージまで消毒するなど、様々山ほどあり、皆さんご存知だと思います。

でも、どこまでやるかは、

どこまでやったら自分が安心だと感じられるか、

逆に、そのせいでストレスになるかを基軸に考えて、

一人一人が自分が思う正義を実行することかなと思います。

ストレスによる自律神経の乱れで、むしろ調子が悪いという方も多いと思います。

私自身は、やりすぎが自分のストレスになるので、以下のことしか対策としてしていません。

・いつもより念入りに帰宅時にうがい手洗いする

・小銭に触った時に、近くにアルコール除菌があれば、使う

・モリンガタブレットを毎食後10粒ぐらいとる

・モリンガパウダースプーン1杯をプロテインドリンクかヨーグルトに混ぜて1日1回食べる

・毎日、15分から1時間、マグネシウムバスを楽しむ

また、小さなバルコニーですが、天気が良い日には、日を浴びられるように、テーブルセットを購入しました。

お花も、食料品の買い物に行くときに買っています。

なかなか長期戦になりそうな模様ですが、終わらないことはないので、あとになって振り返れば、「あの時は大変だったね〜」と笑い話になるはず。

少しでも自分の気分が明るくなることに目を向けて、毎日過ごしていきましょう。

 

 


What a wonderful world


これは、ガーナでちょっとした不便さがある生活を経験して、初めて私自身も意識するようになったことなのですが、なんてことない当たり前の生活も、様々な人の努力や働きによって成り立っているということです。

きっと、今、日本でも多くの人が、それを実感しているのではないかと思います。

生活必需品を作る人たちは、テレワークができず、私たちに物資を供給するために、稼働してくれています。

その物を売る小売店の人たちも、様々な人に触れる確率が高い中で、店を開け、店頭に立ってくれています。

物流会社の人たちが働いてくれるからこそ、物流が止まらず、私たちは家にいながらでも買い物をすることができます。

そして、一番感染リスクが高い中で、最前線で仕事をしてくれる医療関係者の人たちがいてくれるからこそ、命が救われています。

それぞれがそれぞれの役目を果たすことで、社会が成り立っているのです。

自粛のちょっとの不便さは、こうした人たちに感謝する良い機会かもしれません。

今は、人との距離を保ち、接触を断つなど、人との繋がりの断絶が推奨される異常な非人道的な状況になってしまいました。

そんな中でも、自らの危険をかえりみず、社会のために立ち上がる人たちが多くいることに、この社会への希望と人間の素晴らしさを感じます。

イギリスでは、公的医療サービスを支えるボランティアを募集したところ、1日経たないうちに政府の目標としていた25万人を大きく超える、40万5000人の応募があったそうです。

ボランティアは、高齢者や持病のある人など家から出ないよう指示されている人たちのために生活必需品の買い物に行ったり、薬を届けたりするということです。

ニューヨークでも、引退した元医師や元看護師が市長の呼びかけに応じ、1日約1000人が交代で感染者の治療に努めているそうです。