Good Vibeが重要


友人5人とアクラ中心部オスのとあるイタリアンレストランへ。

私たちを除いて1組いたが、いなくなった後は、貸切状態になった。

メニューを聞くと、メニューにあるものがないそうで、

代わりに手書きのメモが代わりに渡された。

・・・これだけしかないの?

という、品数。7品ぐらい。

手書き汚なすぎて、暗号のようだし、価格掲載もない。

とりあえず、スターターから頼んでみる。

なかなかちゃんとレモンやオリーブオイルを使っていて美味しい。

他にお客さんがいないせいか、

まだ終わってもいないワインボトルや皿をやたら片付けたがる店員をいちいち止め、

それでいて、ワインがなくなっても気づかず注がず、

「なんなんだ、ここは」などと内輪で文句を言いあいながら食べ進める。

「うちのスパゲティは美味しいから」

というので、では、メインにスパゲティを頼もうと、

一皿一人前でちょうど良いというので、一人ずつ3種類しかないスパゲティから選んでみた。

すると、シブい顔をした、無愛想なオーナーシェフが出てきて、

「みんな違うと、別に構わないが、10分置きに出てくることになる。

うちには鍋が2つしかないから。別に、構わないが」

なぜか、ムッとしている。

・・・面倒だから、同じものを頼んで欲しいのね。

一人は、海老アレルギーなので、一つだけ違うもの(あさりのスパゲティー)を頼み、

あとは全員同じシーフードスパゲティーを注文した。

確かに、

なぜか小さな貝が見事に全部開いていない(全部死んでるの??)点を除けば、

ちゃんとしたイタリアンのスパゲティーで、

これまでガーナで食べたスパゲティーの中で一番美味しかった。

そして、お会計をお願いすると、

そこから、メニューを開き、電卓を叩き始めている。

今から、価格を決めるのか?

他に客もいないのだから、もっと前から始めればよいものを。

出てきたお会計を見ると、どうやら、このスパゲティーは2,000円近くするようだ。

このぐらいの値段のするレストランは、この界隈には他にもあるし、

味も美味しいのだけれども、

また、来るか?人に勧めるか?と言われると、・・・う〜ん。

やっぱり、お店の雰囲気、英語ではよく、Good Vibeというけれども,

人が集まる場所は、いかにGood Vibe があるかに限ると思う。

オーナーシェフの場合、本人の思い入れも強く、経営では、苦戦するケースが多い。

ネイルサロンなどでも、うまくいっているサロンは、

施術を担当する技術者と、経営が分かれていることが多い気がする。

ここも、このテナント料を考えると、間違いなく、赤字続きのはずだ。

イタリアン推しなのか、大きなTVスクリーンには、誰も理解できないイタリア語の番組を流しているが、やっぱり、作り手の押し付けにならず、顧客ニーズにそうものを提供しないといけない。

と、同時に、顧客ニーズはバラエティに富み、全員に好まれるものに合わせようとすると、

「可もなく不可もない」特徴のない商品、サービスができあがってしまう。

難しいところだよなぁと自分への自戒の念も込め、役割分担の重要性を再認識した夜でした。

 


人は見かけが9割


“人は見かけが9割”

って、ベストセラーがあった気がするが、やはり、ガーナでは、

デカイ人=金持ち

という法則は、9割型、正しいと思う。

通常、ガーナ人の体型は、特に男性は、背丈が日本人男性の平均とたいして変わらない。

しかし、アッパーミドルクラス以上になると、

太っているというか、190cmクラスがザラにいる。

 

今回、MindNETで請け負っている不動産プロジェクトのクライアント先のガーナ人宅を訪問した。

どこも、アクラ中心のプライムエリア(1プロットで億はする土地)に位置していた。

家は大きいけれども、

室内のインテリアなどは質素で、物も少なく、がらんと味気ないこともある。

しかし、何しろ、彼らが、一様に、大きいのだ。

食べるものに困らず育ってきた人たちは、体が大きい。

成人して良く食べるようになって、

太っているというケース(この場合、身長は平均的)もあるが、

良家に生まれると、

身長(これは幼少期から青年期の食生活が影響)が高くなる傾向がある。

アメリカの黒人が良い例だけれども、(彼らの多くが西アフリカから渡っている)

多分、栄養状態や食事で、かなり大きくなる潜在的な要素があるのだと思う。

“ガーナで体が大きい=良い生活をしている” と捉えられ、好まれる。

いつの間にか、同じように見かけで判断する自分がいた(笑)

 


腐ったリンゴ


とあるプロジェクトにアサインしたマネージャーが、

横領、着服していたことがわかった。

本人に言わせると、

「預かっていた」そうなのだが(笑)

幸いにも、早く気づき、

彼に支払うべき金額から差し引ける範囲の金額だったので、金銭的なダメージはなかった。

アフリカでよくある話と言ったら、それまでだが、

まあ、よくある話ではあるので、憤りよりも落胆と、

彼ありきで始まったプロジェクトでもあったので、どう対処するかで、頭を抱えていた。

そんな中、一番怒っていたのが、一番若いトレーシーだった。

「よく、そんなことができるわね!信じられない!!」と普段とても穏やかな彼女が、怒り心頭で、その純粋な穢れない反応は、新鮮だった。

年を重ねる、経験を重ねるにつれ、自分の精神衛生を保つ防御のために、耐性をつけると、

怒りではなく、ため息になってしまう。

若い人たちは、年をとり、腐敗した人たちよりも、ずっと立派な倫理観をもっている。

そういう彼女の感覚が奪われないといいなと、切に思う。

フルタイムのスタッフの面接には、私もいつも日本からスカイプで参加している。

今のスタッフとは、履歴書も話した感じも、これ以上ないくらい、しっくりきて、「文句なしで良いね!」と決まったのだが、やっぱり直接会ってみると、うちのカルチャーにぴったり合う人たちで本当に良かったなと思う。

ビジネスコンサルティングに注力するようになってから、しばらく良い人材が見つからず、ようやく今のチーム体制が築けた。

訳の分からない言い訳をせず、信頼でき、自由の中で自発的に考え行動に移せる人材。

最初から、パーフェクトに信頼できる人たちだけで、自分たちの周りを固められないけれども、

これを機に、より良いリスク管理体制を築くきっかけになればいい。

関わっていく人たちは、外部の人たちも含め、

だんだんと、善良で優秀な人たちばかりが集まるように、

腐ったリンゴは排除して、良いサークルができるようにしていければ良いと思う。

 


ガーナの女性進出は、日本以上


よくアフリカ向けに、「女性の社会進出」に対する基金が拠出されたりするけれども、

ガーナに、アクラに限っていうならば、

むしろ、日本よりずっと女性の社会進出が進んでいるように感じる。

大臣や、民間企業、様々な機関でトップや責任者が女性ということは、よくある。

前から、「責任あるポジションに女の人が多いよなぁ」と思っていたが、

先日会った、急速に成長している銀行の支店長は若い女性だったし、

ママで空軍のパイロットをしている女性や、

大きなお腹で、軍や警察で働く女性もたくさんいて、やっぱり多いなと改めて思った。

そして、変に「性別における平等」を意識しているわけではないから、

日本のように要職に女性を混ぜないと体面が悪いからと、数合わせのように女性を入れる感じでもない。

もっと自然な流れで、その女性が有能だったから、そのポジションを得たように見える。

ルワンダは、内戦後、男性人口が減ったこともあり、女性政治家が多いと聞く。

他のアフリカの国がどうかはわからないけれども、結構リベラルなところもあるのです。

 


もう嫌


ガーナにいて、精神衛生を健康的に保つには、

全ての理不尽なことに、いちいち怒ったり、反応しないことだ。

そして、なるべく、その国の良いところに目を向けること。

でも、やっぱり、旅行者ではなく、その国に住んで何かをしたりしていると、

キレイごとだけじゃないよね

ということがあって、

“そんなキレイごとばかり言えないよね”

と、よく現地に住んだ人とは話すことがある。

今日は、まさにそんな日。

何の交通違反も犯していないのに、逮捕され、高い罰金を支払わされた。

250セディ、6000円近く。

議論すること、2時間。

払わないとどうなるか?

車にアクセスできない。

午後の予定が全部狂った。

月2万円ぐらいで生活する人なんかザラだから、どれだけ高いか、おわかりいただけるかと思う。

バスレーンに進入していたというのだが、バスレーンのサインが終わり、

路面の右折サインを確認して、右折するために、右折レーンに入った。

右折ポイントで信号待ちで止まると、目の前には、車が3台。

警察の車、中から何だかわからない組織の係員を乗せた車、普通の乗用車。

この訳の分からない係員(外部のコントラクターで、日本の駐車違反の取り締まりみたいな感じ)が、自分達から近い右折レーンにいた車を全部引き止めた。

遠いところにいる車はおそらく、バスレーンに侵入していると思うが、

近いところにいる車は、右折するために右折レーンに入っただけだ。

こういう時、ターゲットになるのは、

がたいの良いガーナ人が乗った大きい車か、外国人を乗せた車だ。

誰もが払える金額ではないので、

払えそうな人たちが代わりに連行されるという理不尽さ。

バスレーン終了のサインボードがあり、

そこからならば右折レーンに入って良いと主張するのだが、

バスレーン終了のサインボートなどはなかった。

だいたい、前にいるのは、3台だけだよ?

信号が青になるまで真ん中のレーンで待てっていうの?

そっちの方が問題じゃない?

後で、現場に戻って確認したけれども、そんなサインボードは、やっぱりなかった。

交通マナーを無視している人はいっぱいて、それを取り締まるのは良いけれども、

そうでない人に、理不尽な罰金を課して、

それを新たな収入減にしようとしているようにしか思えない。

同時に連行された女性は、

何も悪いことはしていないのだから、払わず粘ると言っていたけれども、

1週間拘束された人もいたから、時間の無駄になるんじゃないかと思う。

それとも、女性だからと、払わずに行かせてくれるかな?

あ〜あ、もうこの国には関わりたくない(泣)

 

 


世界は自分の見方で変わる


ガーナで、「どこから来たのか?」と聞かれるとき、

必ず、「中国?韓国?」の順になる。

「日本」はなかなか出てこない。

そして、日本人だと告げると、「JICAか?」と返ってくる。

JICA関係者でないガーナにいる日本人なんて、きっと2-30人ぐらいだろうから、もっともだ。

道を歩いていて、「ニーハオ」と言われることを、

ガーナにいる日本人は差別的に、侮辱的に受け取って嫌がる人が多い。

という話をビジネスパートナーにしたら、

「別に悪気はないんだよ。

仲良くなりたいから、相手の言葉で挨拶して話そうとしているだけだから」

言われてみれば、その通りだ。

統計学的に、アジア人であれば、この地では、一番多いのが中国人、次が韓国人。

だから、中国語で挨拶を投げかけているのだ。

外国人を見て、私たちが、黒人や白人を見て、一目で出身地がわからないから、

英語話者かどうかわからないけれども、挨拶する時は、

「ハロー」と言うのと同じなのだ。

それを侮辱的に受け取るのは、

中国人と間違えられることを侮辱だと思う、受けて側の問題なのだ。

そう考えると、ものごとの受け取り方が変わってくる。

見える世界は、自分次第で大きく変わる。

 


問題は、アルコールではない


アイドルグループ(と言っても、みんな40歳過ぎ)のメンバーが、

強制わいせつ容疑で起訴猶予された事件が、日本を騒がしている。

彼の、アルコール依存症にフォーカスが当たっているのが、不思議でならない。

それももちろん問題ではあるけれども、一番の問題は、

相手が未成年者だということに尽きると思う。

日本がロリコン社会だからか、問題が「アルコール依存症」にすり替えられているけれど、本当の問題は、子供を「性の対象」にして、傷つけたことにあるはず。

「気の合う女性で」と、あくまで「女性」と見立てようとしていたけれども、

16歳なんて、「女性」じゃないでしょ、「女の子」でしょ。

50歳近くの男が16歳の女の子と気が合うなんて、オカシイでしょ。

どれだけ幼稚なの?

そもそも、彼が彼女の電話番号を聞いた時は、シラフだったはず。

聞かないでしょ、そんな子供の番号を。

女子高生を責める声があるけれども、

成人した女性ではないからこそ、

芸能人から声がかかったら、番号を教え、興味本意でついていく、そんな子供を悪いと責められるだろうか?

著名人で、番組で共演した名も通った大人だったからこそ、まさかそんなことになるとは思わなかったのではないだろうか?

「夜、酔っている男性の部屋に行くのは危ないよ」と教えるのが、むしろ大人である彼の役目なのだから。

欧米だったら、小児性愛、”paedophile” で、社会復帰は不可能だ。

お酒でも、ドラックでも、個人の問題、病気でいくらでも何度でも社会復帰できるけれども、

「小児性愛者」の烙印を押されたら、世間の目は一気に変わり、許してはくれない。

それだけ、「18歳」の線を重視するのは、子供は、社会全体で守るべきものだからだ。

そこが、この問題の焦点にならない日本社会が不思議でならない。

 

 


Uberの問題


今朝のUber experienceは、これまでと違い、あまり良いものではなかった。

というのも、最初、ピックアップポイントから4分先にいたのに、

そろそろ着くかな?と思い、アプリをチェックすると、なぜか、10分先に。

・・・なぜ、離れていくんだい?

と、電話してみると、なんだか訳の分からないことを言って、戻ってきた。

けれども、結局、20分以上待った。

配車してすぐにキャンセルしないと、キャンセル料が徴収され、ドライバーにもキャンセル料が支払われる。

だから、一度、配車すると、その車を待たなくてはならない。

実は、これが今、ガーナで問題になっているらしい。

キャンセル料狙いのウロウロ(笑)

今回は、「GPSが〜」とか言っていて、

そういう場合も確かにあるから、どちらだか分からないけれど。

Uberがガーナで利用開始になった頃、ドライバーが少なく、確保したいため、

乗客が見つからなかった場合でも、

1時間につき、20セディ(約500円)をドライバーに保証していた。

だから素晴らしい条件だと、たくさんドライバーが集まってきたらしい。

となると、今度は、乗客の取り合いになる。

今では、その保証もなくなり、運賃の25%がUberに徴収される。

ほとんどのドライバーが自分の車で運転しているわけではなく、借りているので、

インターネットデータ利用代と車代と、Uberに徴収される金額と・・・となると、

あまりお金にならないなんて声が上がっているらしい。

上手いマーケティングストラテジーではあるけれども、

う〜ん、25%はねるのは、大きいよなぁ・・・。

ボリュームが確保できたら、また下げるのかもしれないけれども。

こういう問題が発生した場合、Airbnbもだけれども、

カスタマーサポート体制が整っていないので、苦情をあげたところで、

返信もなければ、何の対応もない。

まあ、最初からパーフェクトなサービスはないから、

こういう問題をクリアしながら、より良いサービスになっていくのだろうな。

 

 


進化と後退と


久しぶりに、ガーナに来ると、「変化」も分かりやすい。

「(スーツケースを載せる)トローリーは、無料なので、支払いを求める人がいても応じないように」というアナウンスが、入国審査待ちの間に流れたり、

空港のターンテーブルは4つしかないのに、なかなか出てこない荷物が出てこないのは相変わらずだけれども、陽気な音楽が流れてると思いきや、なんと、ライブミュージックの演奏だったり。

ガーナを訪れる人の経験を良くしようという志しが少し垣間見えるようになってきた。

ガーナに住んでいた頃には、まともなコーヒーが飲めるカフェなんて、数える程だったけれども、今は、随分増えて、FREE WIFIを提供するカフェも多くなった。

カフェでパソコンを広げて仕事をする人もいて、

都市部の生活は、世界どこでも差がなくなっていると思う。

そういうカフェのメニューは、日本と値段が変わらない。

いや、カフェラテで500円ぐらいだから、ドトールの方が、ずっと安いぐらいだ。

Uberもこの1年間で随分とドライバーが増えたようだ。

ドライバーに、Uberを使い始めてどのくらいかと聞くと、3-7ヶ月ぐらい前からという答えばかりだった。そのほとんどがタクシードライバーからの転身だった。

 

通常のタクシーよりも良い車体が多く、天気の悪い日などタクシーが目の前を通らない場所でも、目の前に配車ができるので、使い勝手が良い。

メーター制がなく、運賃で揉めることが多く、ハードルとなる組合や規制がないガーナだからこそ、広がりやすい。

少しずつ、「進化」が見られて、

きっと30年後には、全く違う光景が広がっているのだろうなと思う。

と、同時に、私たちが当初ファッションのオンラインショップを始めようとしていた頃に、

進出するという話が出ていて、その後実際に進出してきたMANGOなど、アパレル系のインターナショナルブランドは、既にモールから撤退していた。

他の靴や服のブランドも無くなっていたので、

目をつけた時期や目論見も同じだったけれども、この分野は時期尚早、または難しかったということだと思う。

モールのテナント料はとても高く、ほとんどのテナントは、家電メーカーに変わっていた。

変わらないのは、Vliscoやwoodinなどのオランダ資本のアフリカンファブリックブランドと、食糧品と日常品を扱う大手スーパーまたはディスカウントショップぐらい。

やっぱり、一筋縄ではいかないマーケットだと思う。


金か命か、どっちが大事か?


働き方改革を政治主導で進めようとしているようだけれども、

プレミアムフライデーのような日を作ったって、祝日を増やしたって、

そんなの余計に働きにくくなるだけで、変わるわけがない。

なぜなら、働きにくいのは、システムではなく、職場(個人の集合体)が、原因なのだから。

働き方改革の話になると、思い出す話がある。

起業してからの、とある経営者の集まる異業種交流会でのこと。

先輩経営者として、その異業種交流会の主催会社の社長があいさつをした。

「経営者にとって、金か命か、どっちが大事か?」

と、切り出したのだ。その時点で、

は?

と、退出しようかと思うほど気分が悪くなった。

「金がないと会社が回らない。だから、経営者は、自分の命より金が大事だと言って欲しい」

という話で、キャッシュの重要性を説く比喩だろうけれども、

私に言わせれば、タチの悪い比喩だ。

心血注いだ会社を、経営者なら誰も潰したくない。

社員を路頭に迷わせたくない。

顧客や債務者への責任もある。

でもね、

会社が潰れたら社員は困るけど、仕事は他にもあるんだよ。

生きていれば、また挑戦できるけど、死んだら終わりなんだよ。

だから、会社倒産して、首を吊る経営者が出るんだよ。

「命より金だ」なんて、比喩でも平気で、恥ずかしげもなく人前で言うような人がいるから、

生きづらい人が多いんだよ、この国は。

他の国では、考えられない。

責任感という美徳ではなく、病的だ。

でも、よくよく考えてみると、恐ろしいことに、

気づかぬうちに、この異様なまでの責任感に支配されていた時が、

私にもあったように思うのだ。

それじゃあ、生きていること自体が、辛くなってしまうよね。